除草の仕込み
ダリオは市外配備に回され、分隊から外された。
俺の指導係を降ろされたのも同じ頃だった。
もともと指導なんて最初だけのものだから予定通りといえば予定通りだが、通常そのまま、任務行動時の協同相手に組まれるはずだったが、――試合での一件があったせいか、上は俺と組ませてまた揉め事になるのを避けたようだ。
それで顔を合わせなくなったかといえば、そうでもない。
宿舎は同じだから廊下ですれ違うこともあるし、俺が城内勤務だからといって、まったく城外に出ないわけじゃない。
応援要員として呼ばれることもあれば、大人数を動かす任務があれば配備もされる。
……そういう場でだ。俺にとって想定外のことが増えていったのは。
ダリオが一緒の時も、いない時も。
荷物が荒らされていたり、暴漢が飛び出してきたり、馬が突然暴れて突っ込んできたり。
あるいは何の拍子か、重い什器が倒れてくる。
ほとんどは身をかわして大事には至らなかった。
だが、かすり傷や打撲程度の軽傷は避けられない。
……そして一つだけ確信できる。
あれは偶然の事故じゃない。狙われている。
俺を――重大な怪我か、命そのものを奪うために。
近くにダリオがいたときは特にそうだ。
奴は何もしていない。ただ、見ている。
何かが起きる瞬間を、じっと。
それも心配する目じゃない。事態が大事になることを願うような、冷たい光を宿した目で。
――俺を殺せば、自分が代わりになれると思ってる。
城内で俺が「リシェの騎士」のように名を挙げたこと。それを奴は、どうしようもなく妬み、怒りに燃えている。
俺も、ダリオに対して苛立ちが募りすぎて、つい弄ぶように泳がせてしまった。けれど本来、獲物は速やかに仕留めるべきだ。長く苦しませるのは猟師の怠慢でしかない。
そろそろ――終わりにしなければならない。
***
「指導官のアーレンス様が、寝込まれてね」
夕方ごろにサフィアから呼び止められて聞いたのは
サフィアから思わぬ話だった。
「急だけど、リシェリアちゃん明日から数日、休暇として市内の館の方でアストリット様とお過ごしになるから」
『だから、あとはよろしくね』と言いたげに、サフィアは言葉を終わらせた。
それは。俺が心配しないようにと言う連絡であり、不在の間の庭の維持に勤めろと言う引き継ぎの話だ。
「ああ、わかったよ」
アスティの庇護下ならリシェは心配いらない。王族の彼女自身の護衛は精鋭だし、慣れた顔触れが多いから城の中よりも寛げるはずだ。特に今はリシェは勉強詰めだ。たまには気楽に過ごしてほしい。
……俺は、どうすっかな。
リシェがいない間に、面倒な堆肥の仕込みを済ませておくか。それとも柵の予備とか、休憩用に木椅子と大工仕事でもやっとくか?
空を見上げて、ぼんやり考えていた。かなり膨らんだ月がもう上がってきている。
「セラン君も、当番の合間にでも顔を出したら?」
少し俺が黙ったのを、サフィアが何か心配したのか気遣うように言う。
……そんなつもりじゃなかったけど。いいことを思いついた。
「あー、そだな。明後日は夜番がないから寄ろうかな。月もでかいし、せっかくだから皆で見るとか」
「あら素敵。月見のお茶会なんて良いですね。アストリット様にお伝えしておきます」
「アスティはどうせ酒だろ。好きそうなつまみでも持ってくよ」
二年も保護下で近くに住めば知っている。アスティが大の酒好きだと言うことを。そんな調子で俺は返事をした。
こうなれば、リシェは夜、メイスン家の庭に出て月を仰ぐのは確定された予定になる。
そこに…会いに来てもらえばいい。
そうと決まれば、急ぐしかない。
***
「いい加減に懲りただろ。許可証を渡せ」
俺を見るなり発したダリオの第一声は、既に数々の所業の犯人を自白するようなものだった。
城壁の外でふてぶてしくも、リシェの住む塔を見上げるダリオを見つけたところだった。
「最近はあんまり力になれなくて、すみませんでした。今は城内の規律も目も厳しくて」
わざと殊勝に声をかける。先の言葉も今までの殺意にも、気づいていない風を装って。
「明日の夜、市内のメイスン家邸宅にリシェが外泊するそうです。月見をするってことでお誘いをいただいたんですが……当番勤務で行けないんですよね。もし良かったらダリオが代わりに差し入れを届けてもらえませんか」
「どういう風の吹き回しだ」
しかしダリオの目はまだ疑い深く警戒を持っていた。ダリオの中ではもう、俺が弱い子供だった記憶を、真っ向では勝てない相手として更新している。
俺はダリオに対して調子を変えず、重ねる。別に俺の誠意を信じてもらう必要はない。ただダリオがそうしたい欲求に理由を繋げてやるだけだ。
「前はアスティの部隊にいて、メイスン家の使用人にも顔が知れている。安心して頼めるのは、ダリオだけなんです」
ここまでが前提。
「リシェも久しぶりにダリオに会えたら喜ぶと思います。なんせ休暇で城外ですからね」
『ダリオがリシェに会えないのは。リシェと絡めないのは。規則と役目に縛られているからだ。それさえなければ、喜んでダリオに会う』
そう、刷り込む。
その瞬間、ダリオの顔がぐにゃりと崩れた。
壊れ切った笑み――破顔。
「ああ。ああ、もちろんいいさ。先輩をお使いに使おうなんてふてえやつだが、……お前は可愛い後輩だからな!」
かかった。
狩の獲物は何も知らずに、最後の行き止まりへ。
愚かに自分の足で歩いていく。




