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氷の聖女のテラリウム  作者: 風木水空
2章 赤
29/69

決着後の場外戦

投稿ミスで前話と重複がありました。修正しました

ダリオに負けた時の俺は、痩せ細った体で、ただ必死に牙を剥くしかなかった野良犬だった。

けれど今は違う。あの頃の俺は、もうここにはいない。


ダリオの目の中に、暗く濁った色が宿る。

正攻法では勝てないと悟ったのだろう。

俺が冷静にあしらい続けたことを、挑発だと受け取ったのかもしれない。


最後になりふり構わず、立ち上がった。

低く振り抜かれた木剣が、俺の足をなぎ払う。


俺はそれを飛び越え、軽く着地する。

狙いはここからの体当たりだろうと、先が読めた。

受け身の姿勢を整え、わざと受けてやる。

もう負けるはずがない。多少点を譲ったところで揺るぎはしない。


案の定、倒れ込んだ俺に馬乗りとなる。

目が合った。

脅かすような威圧的なダリオの眼差しに、後輩の顔を捨て、奴にだけ見えるように笑顔で返す。


 お前に脅威なんて感じない。


狙い通りに、ダリオが着火し、木剣を振り下ろす。

顔を狙った一撃――反則もいいところだ。

 

「っと」

首だけを捻ってかわす。木剣の風切り音が耳を裂いた。


勝率だけを考えれば、ここで負けても互いに四勝三敗。残りを全勝すれば、ダリオにもまだ望みはあったはずなのに。

それを捨ててまで俺を叩き伏せたくなったのだろう。


「やめっ!」

審判の叫びが響き、周囲の兵士たちが駆け込んでくる。

羽交い絞めにされてもなお、ダリオは暴れ、俺の左腕をつかんだ。

「それを、よこせ!」

爪を立て、何もついていない腕章の跡を握り込む。


だが、数人がかりで押さえつけられ、無理やり引きはがされていった。


「セラン、平気か?」

審判役が心配そうにのぞき込む。

袖をまくれば、肩口に赤い痕。血がにじんでいた。


「はは……噛み痕みたいですね」

弱い獣が最後に残す、みっともない痕跡。

それだけだ。


「ああ、大丈夫です、全然。なめときゃ治ります。……ダリオさん、なんか熱くなっちゃったみたいですね」

努めて軽く笑ってみせる。


「そうだな。……まあ、重大な反則でこの後は棄権だ。今回は結構真面目に健闘していたのに、残念だ」

審判は公平な人間なのだろう。深い溜息と共に、本気で惜しむ声音をもらす。


けれど俺は知っている。

ダリオが何人からか勝敗を買っていたことを。俺に一対一で負けたとしても勝利数で負けないような工作をしていたことを。

その滑稽さを思うと、同情の念さえわいてくる。


俺はこの後、勝っても負けてもいい。

気分で進めばいい。ともかく、庭は守り抜いたのだから。


この試合の結果、俺は4位入賞となった。

若い新兵としては十分すぎる成績で、奮闘と熟練を兼ね備えたと称えられた。

一方でダリオは、試合の最後の無様な醜態によって、評価を著しく落とした。


わざと負けたことまでは誰も気づいてはいないだろう。

だが相対した相手たちは、俺の力をそれなりに認めた。

その空気が城内に広がり、俺への扱いも以前より一目置かれるようになったのを肌で感じた。


そして何より――リシェの番犬として、力を示せたのが良かった。

彼女に向けられる“魔女”だの“化け物”だのという噂。

そういう言葉を吐く輩には、威圧をもって応じる。

発言力が増したことで、リシェがどんな人間なのか、なるべく真っ直ぐに伝えることもできるようになった。


もちろん、男女の仲を邪推する者もいた。

だがよほど下世話で過剰でなければ、わざと放置しておいた。

そのほうが、いずれダリオのように露骨に出てくる。あぶり出しになる。


……それに、実際にリシェとは近い将来そうなる予定で、問題なんてない。むしろ、そう囁かれると少し嬉しいくらいだった。


結果として、少なくとも俺に向かって聖女のことをあれこれ言うやつはいなくなった。

それが一番の収穫だ。


だが。

ダリオ本人だけは、まだ対応が必要だった。


あの一件の後、怪我の療養と謹慎でしばらくはおとなしくしていた。

だが――表面を静かに取り繕っているだけで、心の奥ではさらに歪みが増しているのがわかった。

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