前哨の試合本戦
ダリオの前では弱音を吐いたが――本当は負ける気はなかった。
もともと一対一なら、あの時でさえ俺は負けていない。あいつは連携が得意なだけで、単体の強さはせいぜい中堅。
それに、最近は任務にも訓練にも身が入っていなかった。体力も衰えはじめている年齢だ。今の俺と比べれば分が悪いのは明らかだった。
策を弄するでもなければ、恐れる理由は何一つない。
***
予選の分隊試合。俺は危なげなく、定められた勝ち数を揃えて本戦へ進んだ。
正攻法で勝ちを重ねただけだが、同じ分隊の連中の中には、酒一杯で勝ちを譲るようなやつらもいる。
……生きるのに困ってなければ必死にはならない。
この城は、大樹の庇護という籠の中にある。今は戦時下でもない。飢えも戦乱も遠く、緊張感は薄い。
ダリオも同じだろう。本戦に進むくらいは難しくない。
模擬試合当日。空は澄み渡り、陽射しは鋭いが風は心地よかった。
参加者を外された兵が当番勤務につき、訓練場は解放されていた。観戦に集まる者、勝敗を賭ける者、ざわめきと笑い声が絶えない。
お偉方の上覧試合ではないにせよ、ここでの結果は上層部の耳にも届く。勝ち名乗りは金や昇進に直結する。だからこそ、この舞台に残った者は誰もが真剣だった。
もちろん、郊外や国外に配されている兵の姿はない。
だが市内勤務の連中の中で選りすぐられた者たちが集まっており、そこそこの実力者が揃っているはずだ。
本戦に残った以上、ここからは本当に強さにこだわる者との戦いになる。
胸が高鳴る。俺もまた、単純に楽しみにしていた。
とは言っても、俺に優勝する気はなかった。
そんなものを狙えば余計に目立つ。城内での動きが窮屈になるだけだ。
欲しいのは一つ――ダリオに勝つこと。それで十分だった。
だから、奴が勝ち星を増やすなら離されないように勝ち、奴が気分を良くする程度に、わざといくつかは落としてやる。
もちろん負けるにしても、ただ倒れ込むわけにはいかない。
なるべく軽い傷で済ませつつ、隠してはいるが強さが光る相手、名のある実力者を選んで負ける。そうすれば自然に見えるし、後の勝敗を操作する余地も残る。
そして迎えた七戦目。
ダリオは四勝二敗。俺は三勝三敗。
今日の参加者は十一人。総当たり十戦。ここで奴が勝てば上位が見える。
それに、ダリオは心の底から「自分は俺より強い」と信じ切っていた。
「やあ、セラン。言った通り健闘しているじゃないか。予選を越えられてよかったよ」
言葉と一緒に、俺の腕章があった位置へ視線を落とす。
今日は泥や汗で汚れるから外してある。それでもそこに意識が吸い寄せられているのがわかる。
ぞわりと不快さが走り、俺は無意識にその場所を袖でぬぐった。
「ああ……。まあ今日はよろしく」
敬語を使う気はもうなかった。尊敬なんて微塵も残っていない。
きっと奴は気づきもしないだろう。
木剣を静かに構える。
握った柄から伝わるざらつきが手に馴染む。
観客のざわめきが遠のき、視界に映るのはただ一人。
さあ、始めよう。
大した獲物じゃない。簡単な追い込み。
……久しぶりの狩りだ。楽しもう。
立ち合いの「はじめ!」の声が響く。
空気が一瞬張り詰め、砂を蹴る音と共にダリオが駆け込んできた。
その初撃を俺は真正面から受けた――いや、受け流した。
抗う必要はない。勢いをそのまま背中へ通すように刀身を滑らせれば、体幹の均衡が崩れる。
ダリオの重心が揺れ、たたらを踏む。
そこへ、俺は脚甲を狙うふりで木剣を振り下ろした。
刃は足元へ。狙いは踏み場を奪うこと。
案の定、奴は足をとられ、無様に転がった。
転倒後に打ち込むのは反則だ。追撃はしない。
「くそ……ちょっと疲れてきてたな。セラン、今なら勝てるかもしれないぞ」
転がったまま、月並みな負け惜しみを吐く。
俺は仮面を被った。
にこりと笑みを作り、人の好い弟分を演じる。
内心の冷笑は見せない。返事は要らない。もう一度。
二度目の突進。
踏み込みが浅い。剣筋も雑だ。よく見える。
今度は受け流す前に、手甲を狙って打ち込んだ。
うまく外されたように掠らせて、小指だけをかすめる。
「っ……!」くぐもった呻き。
ダリオは手をかばい、顔色を悪くして膝をつく。
審判からは得点は与えられない。
だが俺には十分だった。
だが末端の痛みは判断力を鈍らせていく。
あんな一撃で折れることはなく、反則にもならない。
だけどまあ……折れていても――戦えるだろう?
それからは繰り返しだった。
奴の攻撃を何度も受け流し、何度も、ほんのわずかに痛む場所を再び打つ。
腱を掠め、傷んだ部分を無理やり使わせる。
呼吸は乱れ、足は鈍り、剣筋は甘くなる。
こちらは最小限にかわし、追い立てる狩りの要領で、
獲物だけを走らせる。
息を切らせ、脚をもつれさせ、弱りきったところでまた牙を立てる。
――時間制限は近い。
ダリオの有効打は、一つもなかった。
普通に取った得点だけで、もう俺の勝ちだった。




