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氷の聖女のテラリウム  作者: 風木水空
序章
3/69

対の駒

それからは、息をつく暇もないほどの忙しさだった。選定が終わった瞬間から、すべてが動き出す。


諸般の手続き。根回し。調整。一つひとつは慣れた仕事のはずなのに、今回は重みが違う。

特に、聖女リシェリアの肩書は、単なる宗教的象徴では収まらない。大樹に直接干渉、いや侵害もできる場におかれることになる。

――それは国家そのものに触れるということだ。


より深い身上調査が入る。

任期の間、祭祀庁が所有する聖女の塔に住む。そこは場所は違えど、王宮のある城塞のの敷地内だ。素行だけでなく、国にとって危険な思想がないか、蔓延するような病を持っていないかを、持ち込み荷物や身体検査もあわせて、ごく念入りに行われた。


リシェリア自身には問題はない。私自身が彼女を保護して二年弱。実際に対峙して、教えて磨いてきたからわかっている。扱いきれない大きい異能を持っていても、中身は、社会に入ることができなかっただけの、無垢で善良な子だ。


だからこそ、懸念はあった。

本人にそのような意図が一切なくても、誰が彼女に近づき、利用しようとするかもしれない。


なにせ、任期中の聖女の身柄は、後見人に誰が付いていようと祭祀庁の預かり。


この国には、王政と宗教は、重なりながらも決して侵食しないという明確な線引きがある。

はるか昔、宗教的権威あるものが、政治を掌握しようとし国を二分しかけたという黒い歴史があるからだ。


だから、今では私たちは大樹を中心にしていても、権威は分断されて対角線にいる。

王族としての私も、軍を預かる将としての私も、容易に踏み込めない。


それはつまり――目が届かなくなるという事だった。


だから、祭祀庁という組織内で、彼女を守り、導き、そして託せる存在を探した。

職員の名簿を見ていてその項目に目が留まったのは偶然ではなかった。


そこには旧知の人間が、聖女の担当官に任命されたと記されていた。

祭祀庁の高官であり、アーレンス領の令息。


カイル・ラス・アーレンス。


彼は隣領に生まれ、父同士が友人で幼い頃から顔を知っている、いわゆる私の幼馴染。有能だけれど、気難しく、社交嫌いで偏屈。黒の官服以外の彼の姿を誰も見たことがないという。お互いの事情もあって、十代半ばには、ほとんど疎遠でそんなことは知らないでいた。


だけど、それがよかった。

そう言った気質から、現在の彼は、どんな派閥にも属していないと調べがついた。ただただ彼の中の合理性に従って動いているという。

そして何より――自分の立場を理解している。祭祀庁の人間としての役割。この国の現状。そのどちらも見誤らない。大体のことは任せられる。


私は直ちに、彼に面会を申請してリシェリアの事を頼むことにした。



ただし――それで全てが足りるわけではない。

カイルが守れる範囲には限界がある。リシェリアに必要なのは、それだけではない。彼女は大きな異能を持っていても、ただのか細い女の子なのだ。

カイルは文官だ。暴力や襲撃といった物理的な保護は期待できない。


もう一人、彼女のそばに、置くことにした。


セラン。


彼は、リシェリアと荒地で出会った時に、そばにいたもう一人の子供だ。外から与えた関係ではなく、彼女自身が持ち込んだ縁。彼を放逐しないことが、リシェリアが聖女となる約束でもあった。

彼はリシェリアと同じように学がなく、作法も倫理もなっていない赤い髪の野生児。取り立てる異能の欠片もない。本来、王都が招き入れる理由もない。

ただ一つ、彼には実績がある。――リシェリアの命を守るためだけに動いてきた。


だから私は判断した。

リシェリアの私的な警護と、心の拠り所はセランに託すことにした。

リシェリアにした教育とは別に、兵士として生きられる道を与えた。

戦時ではない今の我が国は、兵士も試験登用制だ。出世すれば平民でも爵位が望めるとそれなりに応募も多い。セランをそれに参加させ、無事今期入隊を果たした。

試験自体には介入できなかったけれど、入隊さえできれば、軍部は私の裁量がある。


さっそく配置に手を加え、登城後のリシェリアの事を頼むことを伝えた。


この時の私はまだ知らない。

この二人が、のちに「聖女の赤と黒」と呼ばわれ、国を騒がす事態になるということを。


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