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氷の聖女のテラリウム  作者: 風木水空
序章
2/73

聖女の選定

聖女に選ばれる前に試験がありました。

リシェリアが祭祀庁によって聖女に選ばれたのは、今から三月ほど前のこと。


王都に程近いある領都の、祭祀庁支部の礼拝堂でそれは行われた。


聖女の資格を確かめる第一歩は、まずはそもそも癒しの力があるかどうかを確認する。

それは古くから変わらぬ手順で、形ばかりの「飾りの聖女」を据えるときすらも必ず行われてきた。根拠なき奇跡に人は縋ることができないからだ。


その証のひとつとして聖痕がある。

異能と呼ばれる力があるものの多くは、枝葉のように複雑に伸びる痣を身体のどこかに持っている。

聖痕を持たないものも存在はするが、”聖女”として徴があることは暗黙の条件となっていた。

幸いにもリシェリアにも痣はある。

背の上、肩甲骨のあたりにほんの小さく顕れている。痣の大きさと力の大小は無関係とされているとはいえ、そう言った見た目においては注目されるようなことはなかった。


むしろ書類選考では、その立場は危うかった。

立場上、国の代表として、短い任期の間は立つゆえに、そう言った素養も求められていたが、彼女は、身寄りのない生まれに、寒村育ちの平民、難民同然の生活歴。学びも礼儀も整っておらず、与えられた猶予の中で詰めこまれた知識も、候補者の中では最低の水準に過ぎなかった。私という王族の後見がなければこの場に立つことすら危うかった。

だけれど――あの時の私は、妙に確信めいた楽観を抱いていた。知識など後からいくらでも整えられる。私が見出したのは、そんなものじゃないと。


その予感は、実技で現実とになった。

あの時の光景は、今でも妙に鮮明に思い出せる。時間が経つほどに輪郭を増して、現実だったのか疑わしくなるほどだ。

 

 

治癒の力を測る試練。段階に分けて並べられた負傷者を癒す課題だった。より多く、より深く癒せる者こそが優秀と見なされる。


外傷治療に関してはリシェリアの異能は既にほぼ完成されている。

「治す機会が多かったから」と、彼女はあの時、少しだけ視線を落として言った。その表情に含まれていたものを、当時の私は完全には理解できていなかったと思う。だが結果だけは、誰の目にも明らかだった。

失われた手足や、既に平常と本人が受け入れた古傷を戻すことはできないが、それ以外ならばほとんどを癒す。その精度は、訓練の域を超えていた。


試験では、候補者は一律に姿を隠す外套を纏っていた。

後見人である私の目すら忖度させないようにするための処置。


それでも――あの時の私は、迷わず彼女を見つけていた。

理由は単純だ。あまりにも異質だったから。

剣士が纏う剣気のような、触れれば切り裂かれそうな気配。それが、静かに場に混ざっていた。


彼女の順番が巡ってきたとき。静かに手を上げ、発声許可を求めていた。

紙に記されたのは、指定した数名は後ろへ下がって欲しいという要望。

意味を測りかねながらも、指示された者は従った。


そして――次の瞬間。

その場にいた者すべての傷が、まるで最初から存在しなかったかのように整えられた。腰を曲げていた老体も、武勇を誇る騎兵の顔の傷も、私自身、朝書類で切った指先の些細な切り傷さえも。


後に説明を求められた際、彼女は淡々と答えた。

治癒によって悪化する病を持つ者を外したのだと。風邪や菌、あるいは潜在する疾患。

あの時、私はようやく理解した。彼女は“治す”のではない。状態そのものを見て、選び、整えているのだと。


患者から何も聞かずとも把握し、複数を一度に治す。


「では顔を見せて名乗りなさい」

試験官の代表者が告げて、彼女の顔を見せた瞬間、場の空気が変わった。

布が外され、銀の髪がさらりと落ちる。


「……リシェリアと申します」


その光景を、私ははっきりと覚えている。

あれは――いつもの彼女ではなかった。

瞳の色は、いつもの青天のような青ではなく、分厚い氷の向こうに隠されているような白んだ青に変わっていた。

澄んでいるのに、どこか閉ざされ、触れれば拒まれるような気配。


『まるで、神がかりだ』


誰が呟き、沈黙が広がった。

細い身体に収まっていたはずの存在感が、場の大人たちを圧していた。


だが――それは長くは続かなかった。


「あの、……これでよろしいでしょうか」

名乗り終えた直後には、彼女はまた、いつものリシェリアに戻っていた。

視線を伏せ、周囲の大人たちに囲まれてわずかに萎縮する少女。私が知っている、あの子だった。


それだけの能力だ。もちろん選考はなんなく進み、リシェリアは最終選考に臨んだ。


最後に行われたのは、大樹との調和の試験。

前回の選考時点で結論はほとんど出ていたのだと思う。誰もが口には出さずとも、理解していた。あとは大樹が受け入れるかどうか、それだけなのだと。


最終選考に残った候補者たちが目隠しで連れられていったのは、大樹の根と繋がることのできる、洞窟の祠堂だった。

ここからの話は、私も一応の王族とはいえ、祭祀庁の秘奥となるため立ち入ることを許されていない。すべては伝聞だ。


根の入り組む洞穴を進み、苔むした根と、青白く光を返す水面。その中心に至ったとき――大樹から光の根が走った、と聞いた。


その場にいた人間の弁では意思を持つかのように真っ直ぐに伸び、リシェリアへと触れて。緑の葉の残像を残して霧散し、彼女の周囲にだけ、温い風がそっと流れたという。


大樹も、彼女を選んだ。

祭祀庁や政治の重鎮たちは沈黙し、陛下が首肯した。


私は洞穴の外でその報せを聞き、無意識に拳を握りしめていた。

あの時の感覚は、今でも消えない。


――間に合ったんだ。

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