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氷の聖女のテラリウム  作者: 風木水空
21章 赤の氾濫
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自壊しないための自戒

俺からの偽らざる想いを、吐き出した。

十数年分の煮詰まったもの、それでいて今なお溢れて続けている気持ち。


もう、リシェがそれを否定なんてしないことはわかっているのに、それでも緊張するのはなぜなのだろう。

ただ気恥ずかしくて、それでも丁寧に伝えたつもりだった。


「うん」


こくんと頷いたリシェリアの顔に、ほんの少しだけ熱が差したように見えた。

目元が緩んで、唇がわずかに開いて何かを言いかけた。


「私……」


でも、それを聞くわけにはいかなかった。


「待て。何も言うな」


すぐに手を顔の前にかざして、静止した。

今は、まだ聞きたくない。

いや――聞きたいに決まってる。

今すぐ「選ぶ」と言ってほしい。俺を選んでくれると、確約が欲しい。


でも、そんな気持ちもまとめて、黙らせるための“待った”だった。


「死なせたくないとかそういう遠慮で、今朝みたいに俺の機嫌をとったりして欲しくない。今度こそ、きちんと惚れさせる。リシェにも、俺を愛してるって言わせて、それからちゃんと番いに……恋人にするから」


「最初から私も愛してるってば」


困り眉で反論される。


「そういうのじゃない。恋のほうの好きだって」


「私だって、セランのこと好きなのに。そんなに違うのかな」


違う。

あーーーーー。もう。

違わないけど――なにもかも違うんだよ、リシェ。


「だから! あーくそ。お前の解釈で言うなら。俺に発情するって事だよ。おい、いい加減にわかれよ」


「ご、ごめん、そうだった。わかった」


「いっとくけど、それだけが目的じゃないからな!」


恥ずかしい。

それでも言わずにはいられなかった。

俺の心は、ずっと焦がれていたんだから。


でも、まだ話すことがある。

もっと真面目な話。


「それに。昼の……俺の“悪夢”って話をしておくわ。これも、まず先に謝っておく。ごめん」


「あ、うん。そうだったよね。おまじないしてあげる」


そう言って両手を広げて――。


待て。

まさか、俺を胸に抱いて心音を聞かせるつもりじゃ……?


……は? そんなことをされたら、今度こそ終わりだ。


一瞬でろくでもない方向へ思考につながりそうになり、思わず無防備なリシェの首元に視線が落ちる。

そこに、俺が残した歯形があった。

あの、どうしようもない衝動の痕跡。

俺の、獣じみた執着の証。


……冷静になる。


「や、いいから」


リシェがまだ気づいていない様子だったのが、せめてもの救いだった。

だが、言わなきゃいけない。

ここは、誤魔化していい場所じゃない。


「あー……あー……」


喉に詰まる。

言葉が出ない。

それでも、白状するしかなかった。


「悪夢じゃないんだ。多分……ちょっと寝ぼけてて……それこそ、発情してたわけじゃないけど……いや、してたのか……」


目が泳ぐ。

言葉が口から転がるように出る。


「ま、まあ。ちょっと。襲いそうになって……いや。襲った。リシェがあまりに美味しそうで……噛んでしまった」


息が詰まるような告白だった。


最初は確かに、本能が勝手にリシェとの繋がりを求めて触れていたんだろう。

けれど、噛みついたあの衝動は、情欲というより、嫉妬。

しかも、勘違いに端を発した、醜くて暴力的な独占欲だった。

到底――言えやしない。


「それで、悪くて。リシェは自分を治せないのに、傷を残した。俺が守らなきゃいけなかったのに、俺が傷つけたから」


そっと指で、噛み痕のあたりを示す。

リシェリアが、確認するように自分の指を這わせて、乾いてかさぶたになった傷痕に触れた。


「ごめんな」


リシェがぴくりと跳ねて、視線を彷徨わせる。

そして、頬を赤く染めた。


「あ。……うん。そっか。……なるほど」


記憶の底を探っているような顔だった。

心当たりがあるのか、何かが繋がったようだった。


「あ、あー! そっか。あんなに苦しそうだったのは発情期だから……」


「待ってくれ。頼むから、そういうことをそれ以上言わないでくれ」


リシェにまで、発情期の犬扱い。

でも今回に限ってはその通りで、何の言い訳もできない。


「夢かと思ってた。ウルじゃなくて……セランだったんだ、あれ……」


瞳孔が微かに開き、目を逸らし、顔を覆う指の先まで赤くなっていく。


あれってなんだよ……畜生。

なんでその時の記憶が俺にはないんだ。

無意識の俺が、何をしたのか――知りたい。

いや、そうじゃなくて。


「う……ごめん……。もう、そういうのしたくない。嫌だから……俺が嫌なんだ」


唇が震える。

思い出すだけで、胸が締めつけられる。


「だから、とりあえず。昼寝とかも一緒にはもう、しない。国境のときと同じで寝る時は別だ」


とりあえず、寝なければ防げる。

酒もだ。

酔っているつもりがなくても、あれは俺の中の余計なものを前に押し出す。

甘えも、欲も、独占欲も。

リシェの前でそれを緩めるのは、もう危ない。

それだけで、何かが崩れなくて済む。


「二度と?」


悲しそうな声に、少しだけ罪悪感が募る。

リシェは添い寝が好きだ。寒い夜に体温を分け合ってきた経験だけじゃない。

目を閉じても、隣に誰かがいると感じられること。悪夢を遠ざける場所。


そこに俺の欲が混じって、壊れた。


「……安全が確保できるまで」


口ごもりながら答える。

本音を言えば――そりゃあ、今度こそ本当に愛し合う関係になったなら、危険も安全もない。同じ寝床に戻って、思う存分寄り添う。

それはさすがに言わなくても、わかるよな。


「ん……わかった」


リシェリアは、素直に頷いてくれた。


「聖女の任期か、婚約か。そういうものが片づくまでは……ああいうことはしない。歯止めきかないって、わかったから」


もう、あんなふうに理性を失うのは怖い。

麻薬みたいだった。毒みたいだった。

リシェとの時間に、俺はもう、依存している。


「カイルへの禁止項目も、最低限のもの以外は撤回する……人のこと言えないからな」


「え、セランが何でそれを知ってるの」


しまった。墓穴を掘ったようだった。


「あ。あー。……アスティに相談されて、俺の意見を入れた……リシェの安全のために」


嘘ではない。

発端が俺だとかはさておいて、意見は求められた。間違ってない。

それでも自分を戒めるつもりで、言いたくはないが口にした。

せめてそのくらいは公平でいたい。


「そう……」


「ちなみに、破ったのとかあんのか?」


「……」


リシェは顎に手を当てて、思案するように中空を見てから、にこっと笑った。そして何も答えない。


あるんだな。

あの野郎、誤魔化されねえぞ。


「これで、少しは公平に近づいたな」


「私も、今日は心配かけてごめん。任期が終わるまでに、たとえ二人を死なせることになっても、きっと耐えられるように、強くなるから」


拳を握って、力強く宣言するリシェ。


「待ってリシェリア様!? 振るのはカイルだけにしてくれ」


おい待て、なんで俺まで!?

振られても死なねえよ!?

いや、振られないし!?

そもそもこんなにお互い愛してんのに、振られる可能性って存在するのか!?


――しないよな?


そんな覚悟、決めないでくれ。

死ぬとか、離れるとか――その言葉自体、もう考えさせたくなかった。

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