自壊しないための自戒
俺からの偽らざる想いを、吐き出した。
十数年分の煮詰まったもの、それでいて今なお溢れて続けている気持ち。
もう、リシェがそれを否定なんてしないことはわかっているのに、それでも緊張するのはなぜなのだろう。
ただ気恥ずかしくて、それでも丁寧に伝えたつもりだった。
「うん」
こくんと頷いたリシェリアの顔に、ほんの少しだけ熱が差したように見えた。
目元が緩んで、唇がわずかに開いて何かを言いかけた。
「私……」
でも、それを聞くわけにはいかなかった。
「待て。何も言うな」
すぐに手を顔の前にかざして、静止した。
今は、まだ聞きたくない。
いや――聞きたいに決まってる。
今すぐ「選ぶ」と言ってほしい。俺を選んでくれると、確約が欲しい。
でも、そんな気持ちもまとめて、黙らせるための“待った”だった。
「死なせたくないとかそういう遠慮で、今朝みたいに俺の機嫌をとったりして欲しくない。今度こそ、きちんと惚れさせる。リシェにも、俺を愛してるって言わせて、それからちゃんと番いに……恋人にするから」
「最初から私も愛してるってば」
困り眉で反論される。
「そういうのじゃない。恋のほうの好きだって」
「私だって、セランのこと好きなのに。そんなに違うのかな」
違う。
あーーーーー。もう。
違わないけど――なにもかも違うんだよ、リシェ。
「だから! あーくそ。お前の解釈で言うなら。俺に発情するって事だよ。おい、いい加減にわかれよ」
「ご、ごめん、そうだった。わかった」
「いっとくけど、それだけが目的じゃないからな!」
恥ずかしい。
それでも言わずにはいられなかった。
俺の心は、ずっと焦がれていたんだから。
でも、まだ話すことがある。
もっと真面目な話。
「それに。昼の……俺の“悪夢”って話をしておくわ。これも、まず先に謝っておく。ごめん」
「あ、うん。そうだったよね。おまじないしてあげる」
そう言って両手を広げて――。
待て。
まさか、俺を胸に抱いて心音を聞かせるつもりじゃ……?
……は? そんなことをされたら、今度こそ終わりだ。
一瞬でろくでもない方向へ思考につながりそうになり、思わず無防備なリシェの首元に視線が落ちる。
そこに、俺が残した歯形があった。
あの、どうしようもない衝動の痕跡。
俺の、獣じみた執着の証。
……冷静になる。
「や、いいから」
リシェがまだ気づいていない様子だったのが、せめてもの救いだった。
だが、言わなきゃいけない。
ここは、誤魔化していい場所じゃない。
「あー……あー……」
喉に詰まる。
言葉が出ない。
それでも、白状するしかなかった。
「悪夢じゃないんだ。多分……ちょっと寝ぼけてて……それこそ、発情してたわけじゃないけど……いや、してたのか……」
目が泳ぐ。
言葉が口から転がるように出る。
「ま、まあ。ちょっと。襲いそうになって……いや。襲った。リシェがあまりに美味しそうで……噛んでしまった」
息が詰まるような告白だった。
最初は確かに、本能が勝手にリシェとの繋がりを求めて触れていたんだろう。
けれど、噛みついたあの衝動は、情欲というより、嫉妬。
しかも、勘違いに端を発した、醜くて暴力的な独占欲だった。
到底――言えやしない。
「それで、悪くて。リシェは自分を治せないのに、傷を残した。俺が守らなきゃいけなかったのに、俺が傷つけたから」
そっと指で、噛み痕のあたりを示す。
リシェリアが、確認するように自分の指を這わせて、乾いてかさぶたになった傷痕に触れた。
「ごめんな」
リシェがぴくりと跳ねて、視線を彷徨わせる。
そして、頬を赤く染めた。
「あ。……うん。そっか。……なるほど」
記憶の底を探っているような顔だった。
心当たりがあるのか、何かが繋がったようだった。
「あ、あー! そっか。あんなに苦しそうだったのは発情期だから……」
「待ってくれ。頼むから、そういうことをそれ以上言わないでくれ」
リシェにまで、発情期の犬扱い。
でも今回に限ってはその通りで、何の言い訳もできない。
「夢かと思ってた。ウルじゃなくて……セランだったんだ、あれ……」
瞳孔が微かに開き、目を逸らし、顔を覆う指の先まで赤くなっていく。
あれってなんだよ……畜生。
なんでその時の記憶が俺にはないんだ。
無意識の俺が、何をしたのか――知りたい。
いや、そうじゃなくて。
「う……ごめん……。もう、そういうのしたくない。嫌だから……俺が嫌なんだ」
唇が震える。
思い出すだけで、胸が締めつけられる。
「だから、とりあえず。昼寝とかも一緒にはもう、しない。国境のときと同じで寝る時は別だ」
とりあえず、寝なければ防げる。
酒もだ。
酔っているつもりがなくても、あれは俺の中の余計なものを前に押し出す。
甘えも、欲も、独占欲も。
リシェの前でそれを緩めるのは、もう危ない。
それだけで、何かが崩れなくて済む。
「二度と?」
悲しそうな声に、少しだけ罪悪感が募る。
リシェは添い寝が好きだ。寒い夜に体温を分け合ってきた経験だけじゃない。
目を閉じても、隣に誰かがいると感じられること。悪夢を遠ざける場所。
そこに俺の欲が混じって、壊れた。
「……安全が確保できるまで」
口ごもりながら答える。
本音を言えば――そりゃあ、今度こそ本当に愛し合う関係になったなら、危険も安全もない。同じ寝床に戻って、思う存分寄り添う。
それはさすがに言わなくても、わかるよな。
「ん……わかった」
リシェリアは、素直に頷いてくれた。
「聖女の任期か、婚約か。そういうものが片づくまでは……ああいうことはしない。歯止めきかないって、わかったから」
もう、あんなふうに理性を失うのは怖い。
麻薬みたいだった。毒みたいだった。
リシェとの時間に、俺はもう、依存している。
「カイルへの禁止項目も、最低限のもの以外は撤回する……人のこと言えないからな」
「え、セランが何でそれを知ってるの」
しまった。墓穴を掘ったようだった。
「あ。あー。……アスティに相談されて、俺の意見を入れた……リシェの安全のために」
嘘ではない。
発端が俺だとかはさておいて、意見は求められた。間違ってない。
それでも自分を戒めるつもりで、言いたくはないが口にした。
せめてそのくらいは公平でいたい。
「そう……」
「ちなみに、破ったのとかあんのか?」
「……」
リシェは顎に手を当てて、思案するように中空を見てから、にこっと笑った。そして何も答えない。
あるんだな。
あの野郎、誤魔化されねえぞ。
「これで、少しは公平に近づいたな」
「私も、今日は心配かけてごめん。任期が終わるまでに、たとえ二人を死なせることになっても、きっと耐えられるように、強くなるから」
拳を握って、力強く宣言するリシェ。
「待ってリシェリア様!? 振るのはカイルだけにしてくれ」
おい待て、なんで俺まで!?
振られても死なねえよ!?
いや、振られないし!?
そもそもこんなにお互い愛してんのに、振られる可能性って存在するのか!?
――しないよな?
そんな覚悟、決めないでくれ。
死ぬとか、離れるとか――その言葉自体、もう考えさせたくなかった。




