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氷の聖女のテラリウム  作者: 風木水空
17章 顕現
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硝子の中の私

私の婚約で、また触れ合う人が増えた。

お仕事が増えて、それだけではなく、楽しみも増えた。賑やかで、少し騒がしくなった毎日。

その中で、久しぶりに静かな日が降って湧いた。


日中、カイルは休みでいなかった。外へ出るお仕事もない。だから私は、一人でできる作業をして過ごした。


カイルの代行をしている補佐官様から必要なことだけの指示をもらい、日課である大樹への奉納や面会、依頼のあった治癒の行使、調査の依頼や報告、手紙や書面の処理をする。


庭では、セランにもジェスにも会わなかった。

二人とも当番で、小屋に残された「今日は何をしたか」という書き置きだけを見て、すれ違ったことを知った。


サフィアも非番で、入ったばかりの侍女の子は、まだ世間話をするほどの余裕もない。


アスティやグラント様は、もともと忙しい人たちだ。用がなければ会うこともない。


何となく味気ない一日を過ごして、あとはとにかく眠るだけになった夜。

月の光が綺麗で、部屋は静かで。私は窓際で、ぼんやりと過ごしていた。


目の前に置かれたテラリウムを見る。

月光に照らされて、中の世界は青みを帯びている。

蓋がされて、閉ざされて。風も雨も害虫も来ない、静かで安定して、命が巡る世界。


最初に据えられた苔や若い芽は少しずつ伸びて、最初の姿から景観をほんの僅かに変えている。


けれど、それは外の世界と違って、随分ゆっくりした歩みだった。


マティアスが言っていた通り、確かに中の植物は、瓶という世界より大きくはならないのかもしれない。


「エリーの埋めてくれた種は……まだ芽吹かないのかな」


何度覗き込んでも、エリシアナから聞いていた場所には変化がない。

私が知らない花が咲くと言っていたけれど、まだ新芽すら見えていない。


瓶の中は完成されている。過不足はなく、静かに均衡している。

けれど、その代わり変化も少ない。

だから、種はまだ春に気付かず、眠っているのかもしれない。


……似ている。今の私に。


お城という、透明で安全な壁の中で大事にされている私に。ここはとても安定していて、停滞していて。

だから私も、まだ恋がわからないのかな。


随分こちらの生活に馴染んできたと思う。

私の異能を振り撒いて、豊かな生活をさせてもらうことへの罪悪感も薄らいできた。

聖女に成れたとは思えていないけれど、聖女と呼ばれることには慣れてきた。

それは、安定してきたからだと思う。


霊質の蓄積で具合を悪くすることは、もうほとんどない。異能を使うことへの怖さも、前よりは減ってきた。

それは、カイルのおかげだと思っている。


カイルのおかげで、震えることが減った。

あんなにも恐れていたはずのこの力が、今は手の内に収められるかもしれないという予感に変わっている。

あれほどまでに忌み、疎み、ただ流されるようにして縋るしかなかった力が、使えるものなのだと思えるようになった。


怖くなくなったわけじゃない。

けれど、その恐怖は薄まりつつある。


それに代わるように、使いこなそうという意志が胸の奥で熱を持ちはじめている。


カイルは、私にとっての先生だった。

原理を、一つ一つ噛み砕くように教えてくれた。

私は生まれてからここに来るまで、異能について何もわからなかった。何となくで使っていたことが、カイルによって形になっていった。

そんな中で、わかったことがある。


ついこの間。

ラトリエで、カイルに接続して嵐を治めた実感が、私の中でひとつの答えを作った。

異能の源泉である霊質は、善も悪もなく、ただそこに存在するだけ。無色透明のまま世界を循環している。


異能は、その流れを一時的に借りる能力だ。

流れを掴んだり、向きを変えたりして、祈りや願いを叶えること。


カイルに介入されて、わかった。

用いる側に正しい知性、判断、操作があれば、間違わない。


どんなことでもできる……そう、思えてしまった。


だからこそ、力を扱うために、間違ってしまうような心は必要ない。


感情に揺らいではいけない。

迷いや不安に竦んでもいけない。

必要なのは、正確さと冷静さ。


自分の中にあるものを乱さず、外の流れを正しく見て、ただ必要な形を選ぶこと。

それが、正しい使い方なのだと思う。


サリーナのあの日。

セランが倒れ、ウルが鳴いて、私は祈った。無我夢中で、ただ手を伸ばしてしまった。その先にあるのが何かなんて、何も見えていなかった。


冷静でさえいれば。

二人を包むのに足るだけの力の形を選べていたなら。

失わなくて済んだんじゃないかと。


ウルの命も。

セランの魂の形も。

トルニカの森も。


何ひとつ歪めずにすんだはずなのに。


だから私は、あの日を悔いている。

怖くて、震えて、泣きながら願ったことを。


あの後から、怖いことがあれば、私は心に壁を作るようにしていた。

何も感じないように。

目の前のことだけを見るように。


体の奥を凍らせるみたいにして、ただ必要なことをする。


だけど、今思えば、そんな時は異能をうまく使えていた実感がある。


多分、そうするのがきっと正しい。

今度から、異能を使う時は、感じる心を閉じよう。


もっと。もっと深く、凍らせるように。


私の中の感情がひと雫でも流れ出せば、すべてを遅らせてしまう。


ラトリエの時だって、そうだった。

動揺して、泣き叫んでいる暇があったなら。

嵐をすぐに治めていれば。

もっと早く癒してあげられた。止められる前に、セランを先に治してしまえたはずだった。


正しくなりたい。

二度と、間違えないように。

誰かを守る時に、迷わないように。

普通の聖女なら、きっとそうできるはずだから。

正解があるなら、そこへ辿り着きたい。

何が正しくて、何が間違いで、どうすれば誰も傷つかずに済むのか。


ずっと探してきた答えが、もし冷静さの先にあるのなら、私はそこへ行かなければならない。


判断に揺れるくらいなら。

大切な人を守る手を、恐怖で遅らせるくらいなら。


私の心なんて、きっと必要ない。

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