表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷の聖女のテラリウム  作者: 風木水空
1章 黒
20/77

恋の自覚

気づいてしまった。あの笑顔で。


完全に自覚した。

俺は彼女に恋をしてしまっている。多分もうずっと前から。

それからの俺は、まるで坂を転がり落ちるようだった。止まろうとしても、もう足がきかない。


合間の雑談が増えれば増えるほど、彼女について新しく知ることが増え、胸の奥に灯がともる。

くだらぬことでも、彼女が語る声は柔らかくて、どんな説法より心に染みた。

用がなくても姿を見付ければ、意識より先に足が勝手にそちらへ向かっていた。


ただ見かけるだけで、石造りの冷えた城内に温かな火が宿る。

会えない日には、無風の広間にいても落ち着かず、胸の奥に隙間がぽっかりと空く。

心という器が、彼女によって満たされてしまっているのが自分でもわかった。


なんて単純なんだろう。


あの頃――彼女に誰か良縁を、などと考えていた自分はもういない。むしろ、なぜそんな愚かしいことを考えられたのかと苦笑する。


……俺でいいんじゃないか。隣に立てる。


アーレンス家は末端とはいえ貴族だが、リシェリアが平民出であっても、彼女ほどの女性ならば些末な問題にすぎない。そもそも、俺に文句を言う家族などいないのだから。


これまで一貴族としてそれなりの社交の場も踏み、女性と接したことがないわけではなかった。

だが、あの場にいた誰一人として、彼女のように胸を震わせた者はいなかった。

これが万人が夢中になるという“恋”なのか――その初めての感情を噛みしめるたび、心が熱く痺れた。


偶然に指先が触れれば、たちまち胸が跳ねる。

指導の一環で能動的に触れざるを得ないときには、甘さが脳髄を痺れさせ、呼吸すら乱れた。

どうすればもっと近寄れるのか。

どうすれば、あの透きとおる眼差しの中に、自分だけを映させられるのか。


任期は二年近くある。

最も近くにいるのは俺。焦る必要はない。

距離を詰める術を探りながら、少しずつ、確実に近づけばいい。


恋に落ちたからと言って、教育行程は動かせない。教える手は止められない。


俺はリシェリアに対して、何か特別に態度を変えるつもりはない。

だが――今までのように一方的に意見を押し付けず、彼女が考えていることや思案の端をも聞くようにした。彼女のおかげで俺の力が幾分か伸びたこともあるが、それ以上に、そうすることで自分自身もこれから成長していけるのだと思えた。


あとは、ほんの少しだけ。必要があると思った分だけ、気を配るようにしただけだ。


来室の前に窓を開けて空気を入れかえておく。

机の上には、使いやすいよう筆記具や参考書を揃えておく。

休憩の折には、茶に喉を潤す飴を添えるよう侍従に伝えておく。

教練の際には、要点を簡潔に書き留めて示す。


……そして、ほんの少しだけ。

椅子の間隔を近くする。声が聞こえやすいように、という名目で。


そうして彼女に対して自分も胸を開けば、如実に物事はスムーズに進んだ。

彼女の推論は新しい説を呼び、意見を交わすことで幾重にも枝分かれしていく。

執務室は静謐を失い、以前よりも賑やかになった。


だが――そこに満ちる空気は、以前よりも澄み切っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ