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氷の聖女のテラリウム  作者: 風木水空
1章 黒
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蚊帳の外

ストーカー事件は知らないところで悪化して終わっていました。後日別視点で描きます。

聖女に付き纏った兵士、ダリオという男が逮捕された。

アスティの市邸へ身を寄せていた聖女を誘拐しようと侵入した現行犯だという。


それを聞いたのは、俺が迂闊にも、大樹の断片の力に当てられて寝込ん明けのことだった。

耳に入った瞬間、胸の奥に冷水を流し込まれたように息が詰まった。


「……だ、大丈夫だったのか?」


自分でも情けないほど声が掠れていた。口にするのも不快だが、それでも確認せずにはいられなかった。


俺が陳情し配備を外された後も、時間外にうろついたり、兵士らの模擬試合で乱闘を起こしたりと、問題行動があったとか。耳にするごとに眉間の皺が深くなる。あの異様な執着心は見間違いではなかったと、寒気にも似た確信が背を撫でた。


その後は任務放棄。市民や同僚からの借金を踏み倒し、ついには謹慎。落ちぶれた末の姿を想像すると、怒りよりも嫌悪の方が強かった。


そちらの仔細な情報は城内の軍法会議にかけられ、上級所員の知るところになった。


俺も聴取に応じたし、俺が不在の時の事件なので心配にもなった。責務を放棄していたわけではないが、いなかった事実が胸に鉛のように沈む。


「はい、幸いその場ですぐ取り押さえられ。リシェリア様には、なんのお怪我もなく」

サフィアが答えた。淡々とした口調だったが、内心の緊張を隠すような硬さがあった。


「ご心配おかけしました」

リシェリアも特に彼女の精神に負担はなさそうだった。その声は落ち着いていて、俺の耳には清らかに響いた。だが逆に、それが妙に遠く思えた。


「なら良かった。……城内の兵士が無礼を働いて申し訳ない」

口にした瞬間、自分の声がわずかに低く沈んだのを感じた。まだ聖女は就任前で力を貸していただいている客人のはずだった。上の人間として恥ずかしい。そんな気持ちだ。


「そんな、アーレンス様には関係ないことですから」


……関係ない。

 

リシェリアが気遣うように答えたのが少し、棘が刺さった。優しさと同時に、距離を置く響き。


アスティに他人行儀だと言われたのが思い出された。


……そうだ。たしかに俺とリシェリアには仕事以外の関係はない。距離を縮める理由が何もない。


それでも棘がささった。


***


そういえば、調書で見る限りダリオはアスティが前に部隊で使っていたようだ。

報告書に刻まれた彼の行状と照らし合わせると、妙な符合がいくつも浮かび上がってくる。


「……成程ね」


口の内で呟く。アスティの配下が狂気的な“一目惚れ”した。それを見抜き、危うさを嗅ぎ取って部隊から外したのだろうか。


俺に釘を刺したのも、結局はその延長線にあったと考えれば筋は通る。日常的にリシェリアと行動する俺の身を案じて、嫉妬に駆られた奴に危害を加えられる可能性があった。


それを懸念してあの男を刺激させないように布石を打った。そう捉えるのが妥当だろう。


もしくは俺が似たような挙動を取りかねないとでも思われたのだとしたら……心外だ。


リシェリア自体は年頃の女性で、俺だって婚約者のない独身で。恋愛に発展する可能性がないとは言えない。

それにしたってこれはこの男がおかしいのであって、一緒くたにされるのは失礼な話だと思うが……。

俺だって感情に呑まれるほど愚かではない。あのように、己の衝動を律せず周囲を振り回すなど、同列に語られては堪らない。


……まあいい。懸念がなくなったのならそれでいい。

 

俺の留守中の不安要素は取り除かれた。そう割り切るしかない。


これでようやく日中の庭のひだまりに彼女の笑顔が戻った。

柔らかい陽に透ける白銀の髪、風にかすかに揺れる裾、そのなかで零れる無邪気な笑顔。

自分にあの笑顔が向けられなくたって、ここで見られるから構わない。ほんの一瞬、視界に収めるだけで、荒んだ胸のざわめきが和らぐ。


それに予備調査も問題なく終わった。いよいよ聖女就任は確かなものになった。

これからは王族や外交に向けた社交教育も始めなければならない。礼儀作法はもちろん、言葉遣い、立ち居振る舞い、時に人心を読むことも求められる。


そう言った場では、祭祀庁の代表として恥ずかしくないように仕上げなければならない。

担当官として、名義上の立場は自分が彼女の配下として侍り、エスコートするのが役目。外聞を守る盾であり、導く手であることを求められる。


あの日、手を取ってしまったことを思い出す。

 

自制を崩した瞬間。あの手の温かさと、柔らかな感触。思い出すたび、余韻が指先に残っている。

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