聖女に渡された脚本
カイルが不在の祭祀庁。
聖女執務室もまた、対応に追われていた。
リシェリアが、カイルの代わりの担当補佐官と、時間をかけながら業務処理している部屋に押し入った。
後見人である私が、前後の予定を無視してリシェリアとの面会を強行するのは造作もなかった。
悪いとは思いながら、補佐官に残りの書類を押し付けて退室させながら、リシェリアに向き直る。
彼がいかに聖女を固く守っていたかを、改めて思い知る。
「婚約おめでとう」
まずは礼儀として挨拶を切り出す。
声は平静を装う。
「アスティ。ありがとう」
その表情は軽やかで、まるで今日の天候の話でもしているかのようだ。
「……随分、嬉しそうなのね? 前から実はグラントが好きだった? それはちょっと……趣味が悪いとは思うけどね」
思いの外、自分から発せられた声が冷たく響いたことに自分で驚いた。
思い返せば、リシェリアからもなんの相談も報告もなかったのだ。
それで発表されるまで事が進んでいた。
だから、釈然としていなかった。
あれほどグラントに苛立った。
……感情の原因がわかってしまえば、ただ拗ねた子供のようで少し恥ずかしくなった。
そんな私の沈黙を見て、リシェリアは慌てて否定した。
「え? ううん、全然。そんなことはないよ。ないから、安心して」
大輪の花のように愛らしい私の妹姫が、嬉しそうに微笑む。
見ていると、つい抱きしめたくなった。
良かった。
リシェリアを不快にさせていない。
私は一瞬、肩の力を抜いて、はたと気が付く。
安心……?
何かおかしい。
「ごめん、グラントとは何を話してたの? あの件、あなたの中でどういう話になってるのかなって」
率直に問いを投げる。
この子に腹芸はしたくない。
リシェリアは楽しげに説明を始めた。
「グラント様はね、断りにくい縁談を持ち込まれたそうなの。実は……結婚されたい方がいらっしゃるんだけど、お相手にまだ良い返事を頂けていないんですって。それでもう少し時間が欲しいそうなの。だけど、私と婚約をすればその縁談が断れるし、他の人にも文句を言われないし、そのお相手にも絶対誤解されないんだって」
頬に指を当て、思い出すように彼女は続ける。
「王様も、それをご存知でグラント様に協力してくださっているとか。業務も重要な外交以外は何も変わらないし、カイルもセランにも言っておいてくれるって。グラント様には、先日議会でお口添えいただいたからね。私もお助けしなきゃ」
「……なるほど、そういう事なのね」
説明を聞けば……まあ、筋は通っていなくもない。
グラントにしては随分、大衆寄りな脚本だとは思ってしまったが。
平民出のリシェリアやセランにはわかりやすいだろう。
カイルは違う。
こんな筋書きに納得するとは思えない。
全員に同じ手を使っているわけではないと思うけれど。
リシェリアは締めくくりに、どこか呑気に言った。
「カイルといえば、“流行り風邪”が長引いていて心配ね。慣れない庭仕事をさせちゃっていたから、すこし疲れさせちゃったかもしれない。癒しの異能は、風邪とかにはあまり役立てないから申し訳ないな」
その声音には、本当に心配しているような無邪気さが残る。
カイルも分かっていて、リシェリアと顔を合わせたくないから流行り風邪という理由で引きこもっているのだろう。
まだ振られたわけでもないのに、既に何かを奪われてしまったような気分になっているんだろう。
素知らぬリシェリアは、好奇心いっぱいの瞳でとんでもないことを私に尋ねる。
少しだけ声を潜めた。
誰かの大切な秘密を扱うように、真剣な顔をしている。
「あの、その、それでね。……アスティ。ね、私だけに教えて。どうしてグラント様の求婚を受けないの?」
「え」
思考が一瞬止まる。
耳を疑う問いだ。
……あいつ!!!
とんでもないことを吐いていた。
私に求婚? グラントが??
された覚えなど一度もない。
冗談にしても性質が悪過ぎる。
胸ぐらを掴むだけではなく、あの時引っ叩いても良かったかもしれない。
だが合点がいった。
セランがここ数日、やたらとグラントを褒めていたのはこれが理由だ。
リシェリアが私に相談しなかった理由も。
「あー――。……えっとね」
私は言葉を探す。
仕掛けを暴くのは容易だが、暴露しても得るものがない。
明かしてリシェリアの罪悪感を引き出したとしても、揺らぐだけだ。
もし私に事前に打診していれば、協力などしなかった。
グラントが私を共犯者に仕立て上げるため、事前に相談なく事を進めたのだと、ようやく、すべてが繋がった。
私の名を使い、私の沈黙を利用し、私が否定できない形でリシェリアを納得させた。
……せめて業務は全てグラントに丸投げしよう。
そう思った。




