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氷の聖女のテラリウム  作者: 風木水空
13章 雨上がり
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裏庭の空虚な労働

あの後は、息をつく暇もなかった。


現地の祭祀官たちと、今後の対応と再建計画の打ち合わせ。

癒しすぎた分霊樹の循環の調整。

破損した祭器の代替の手配。


それらすべてを終えた頃には、嵐の夜のことがもう夢のように思えた。


だが、夢にしてはあまりに現実的だった。

あの光の中で、リシェリアは確かに立っていた。

世界を覆う風と、命の境を超えて。


――そしてその隣には、セランがいた。


怪我人や聖女を、王都へ先に送る隊を見送った後、俺たちは別の班として町での後始末を請け負ってから、遅れて帰途についた。


この数日間、俺はずっと働いていた。

働きながら、思考を止めることでしか、余計な感情を抑えられなかった。


王都に戻ってからも、公務が山のように押し寄せた。

報告書の整理、王城への説明、祭祀庁の会議。

机に向かえば、理性のふりができる。

だが、ふと白いものを見るだけで、あの光景が蘇ってしまう。


戻ってからもリシェリアとは、すれ違いばかりになった。

彼女にはあれだけの異能を使った後で休養が必要だったし、外せない公務で顔を合わせられても、空いた時間は療養所へ向かってしまう。


そこにいるのも――セランを看病しに。


なんとか和解はできたと思っていたけれど、どうしても時間が空いてしまったせいか、俺とリシェリアのあいだには、まだ気まずいぎこちなさが残ってしまっていた。


理解していても、胸の奥が軋む。


……今日から挽回しよう。


俺は、朝早く私室を出て、聖女の庭へ向かった。

リシェリアと約束した通り、セランの留守を埋めるため。


……いや、実際はただ、彼女の匂いが残る場所に身を置きたかっただけかもしれない。


「ど、どうも、アーレンス様ですね。大樹の木漏れ日のもと、お目にかかれて光栄です。リシェリア様より話は聞いております。庭の管理者の一人、バージェス・ラングと申します」


声をかけられて顔を上げる。

若い兵士が、まだ硬い敬礼をして立っていた。


「ここでは新人だ。カイルでいい。敬称もいらないし礼儀は最低限で構わない。よろしく頼む」


黒衣は脱いでいた。

祭祀官ではなく、ただの労働者として――土に触れるために。


「セランの怪我が治るまでの間、分担することになった。遠慮なく指示してくれ」


「……はい。承知しました」


初めは緊張していたバージェスも、すぐに砕けた調子になった。


「土運びが終わったら、次は堆肥を混ぜ返してください。空気を入れないと腐りますから」


「……臭いな」


思わず顔をしかめる。

鼻が曲がるような強烈な匂いだった。


「カイルさん。手が止まってます」


無邪気な声が飛んできて、我に返る。


情けない。

俺は机の上では何十人もの部下を動かせるのに、たかが土の山ひとつで腰が悲鳴を上げている。


朝も夕も通い、太陽の下で汗を流す。

虫が多く、蜂が寄ってきては冷や汗をかく。

一刺しされれば高熱を出すと知っていながら、振り払うしかない。


……リシェリアは、いつもこんな環境の中で笑っていたのか。


――甘く見ていた。


一緒に作業できるのなら、悪くない罰だと思っていた。

だが、その肝心のリシェリアは、ほとんど来なかった。


彼女のための庭なのに、そこに彼女はいない。

残っているのは、彼女が触れた鉢や、摘み残された薬草と、セランが使っていた道具だけだった。


療養所通いを優先して。


なるほど、これが本当の“罰”か。


土仕事の終わりには、制服ではあり得ないほどの汗をかいた。

夜は、湯に浸かる気力もなく、ただ寝台に倒れ込む。

疲れすぎて、考えることすらできない。

それが、少しだけ救いだった。


リシェリアとセランが、あの療養所でどんな会話をしているのか。

どんな距離で、どんな目を交わしているのか。


そんな想像に苛まれるよりも、体を痛めつけて倒れたほうが楽だった。


――はやく日常が戻ってきてほしい。


俺にも、彼女にも。

そして、セランにも。


彼が再び立てる日を、俺は祈っている。

それが、皮肉にも、俺自身の平穏を取り戻すことにもなるからだ。

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2026/07/14 【ep.304 名前のない憧れ】に投稿ミスがあり、前話と同じ本文を投稿していました。すみません。差し替えて本来の話を公開しましたのでお手すきでご確認をお願いします。 script?guid=onscript?guid=on
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