裏庭の空虚な労働
あの後は、息をつく暇もなかった。
現地の祭祀官たちと、今後の対応と再建計画の打ち合わせ。
癒しすぎた分霊樹の循環の調整。
破損した祭器の代替の手配。
それらすべてを終えた頃には、嵐の夜のことがもう夢のように思えた。
だが、夢にしてはあまりに現実的だった。
あの光の中で、リシェリアは確かに立っていた。
世界を覆う風と、命の境を超えて。
――そしてその隣には、セランがいた。
怪我人や聖女を、王都へ先に送る隊を見送った後、俺たちは別の班として町での後始末を請け負ってから、遅れて帰途についた。
この数日間、俺はずっと働いていた。
働きながら、思考を止めることでしか、余計な感情を抑えられなかった。
王都に戻ってからも、公務が山のように押し寄せた。
報告書の整理、王城への説明、祭祀庁の会議。
机に向かえば、理性のふりができる。
だが、ふと白いものを見るだけで、あの光景が蘇ってしまう。
戻ってからもリシェリアとは、すれ違いばかりになった。
彼女にはあれだけの異能を使った後で休養が必要だったし、外せない公務で顔を合わせられても、空いた時間は療養所へ向かってしまう。
そこにいるのも――セランを看病しに。
なんとか和解はできたと思っていたけれど、どうしても時間が空いてしまったせいか、俺とリシェリアのあいだには、まだ気まずいぎこちなさが残ってしまっていた。
理解していても、胸の奥が軋む。
……今日から挽回しよう。
俺は、朝早く私室を出て、聖女の庭へ向かった。
リシェリアと約束した通り、セランの留守を埋めるため。
……いや、実際はただ、彼女の匂いが残る場所に身を置きたかっただけかもしれない。
「ど、どうも、アーレンス様ですね。大樹の木漏れ日のもと、お目にかかれて光栄です。リシェリア様より話は聞いております。庭の管理者の一人、バージェス・ラングと申します」
声をかけられて顔を上げる。
若い兵士が、まだ硬い敬礼をして立っていた。
「ここでは新人だ。カイルでいい。敬称もいらないし礼儀は最低限で構わない。よろしく頼む」
黒衣は脱いでいた。
祭祀官ではなく、ただの労働者として――土に触れるために。
「セランの怪我が治るまでの間、分担することになった。遠慮なく指示してくれ」
「……はい。承知しました」
初めは緊張していたバージェスも、すぐに砕けた調子になった。
「土運びが終わったら、次は堆肥を混ぜ返してください。空気を入れないと腐りますから」
「……臭いな」
思わず顔をしかめる。
鼻が曲がるような強烈な匂いだった。
「カイルさん。手が止まってます」
無邪気な声が飛んできて、我に返る。
情けない。
俺は机の上では何十人もの部下を動かせるのに、たかが土の山ひとつで腰が悲鳴を上げている。
朝も夕も通い、太陽の下で汗を流す。
虫が多く、蜂が寄ってきては冷や汗をかく。
一刺しされれば高熱を出すと知っていながら、振り払うしかない。
……リシェリアは、いつもこんな環境の中で笑っていたのか。
――甘く見ていた。
一緒に作業できるのなら、悪くない罰だと思っていた。
だが、その肝心のリシェリアは、ほとんど来なかった。
彼女のための庭なのに、そこに彼女はいない。
残っているのは、彼女が触れた鉢や、摘み残された薬草と、セランが使っていた道具だけだった。
療養所通いを優先して。
なるほど、これが本当の“罰”か。
土仕事の終わりには、制服ではあり得ないほどの汗をかいた。
夜は、湯に浸かる気力もなく、ただ寝台に倒れ込む。
疲れすぎて、考えることすらできない。
それが、少しだけ救いだった。
リシェリアとセランが、あの療養所でどんな会話をしているのか。
どんな距離で、どんな目を交わしているのか。
そんな想像に苛まれるよりも、体を痛めつけて倒れたほうが楽だった。
――はやく日常が戻ってきてほしい。
俺にも、彼女にも。
そして、セランにも。
彼が再び立てる日を、俺は祈っている。
それが、皮肉にも、俺自身の平穏を取り戻すことにもなるからだ。




