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氷の聖女のテラリウム  作者: 風木水空
12章 大嵐
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災厄を解き放つ策

「それで? ……どう止めるんですか、早く済ませましょう」


リシェリアの声は、かすれていた。

泣きはらした瞳の奥には、まだ怒りの残滓がある。

けれど、もう我を失ってはいなかった。

痛みと共に、理性が戻ってきている。


俺は小さく息をつく。


「うん。嵐の中には大量の水がある。海の水気を巻き上げながらやってくる。……以前、君が石室の中でやったように、嵐の中の水だけを固めて氷にして外に弾き飛ばすんだ」


「それで……止まるんでしょうか」


「原理が正確にわからなくても、それを構成している半分をなんとかしてしまえば、なんとかなるもんだ」


本当は、嵐の仕組みならいくらでも説明できる。

風の対流、湿度、気圧の偏り――理屈はいくらでも語れるが、今はそんな余裕はない。

彼女に考え込ませるより、ただ前へ進ませることが大事だ。


「それに。これだけの風の半分が水……想像できない」


リシェリアの声がかすかに震えた。

不安の気配が、そのまま彼女の掌から空気に伝わっていくのがわかる。


俺は一歩、リシェリアに近づく。

その瞬間、彼女はわずかに肩をすくめて半歩下がった。

……思ったより、堪えた。


「俺のことを、信頼できなくなったかもしれない。嫌いになったと思う。終わったら……残念だけど担当を降りてもいい」


それは覚悟していたことだ。


「それでも今だけは、信用して欲しい」


俺は手を伸ばした。


「俺がまた、あれをやる。祭器の代わりに君の目になり、腕になる。……君の力を一切無駄にしないと誓う」


リシェリアの力を、俺が制御する。

視界を共有するように、感覚を合わせて、流れを読む。

暴走せず、最短で最深に、力を導く。

彼女が信じてくれるなら、それができる。


「力を貸してくれ」


頭を下げた。

へりくだるためではない。

願うために。祈るために。


その横で、アスティも何も言わず、静かに同じように頭を下げた。

礼儀ではなく、敬意だった。


沈黙が落ちる。

風の音が、遠くでくぐもって聞こえる。


俺は願う。この手が、彼女の心に届くように。

届かなければ、この町も、彼女も、もう持たない。


小さな嘆息のような呼吸の震えがあった。

リシェリアは目を伏せ、長い睫毛を震わせながら、ぽつりと呟いた。


「カイルは……ずるいです」


その声には、まだ怒りも不信も嫌悪も残っていた。

それでも、拒絶は薄らいだように思えた。


次の瞬間、彼女の手が俺の手を握り返す。

指先が冷たい。

それでも、確かに――力が、そこに戻ってきていた。


「よし、すぐ動こう。何が必要?」


俺の声に、リシェリアはわずかに息を吸い、顎に指を添えた。

一瞬だけ、迷いのない顔に戻る。


「……高いところに行きたいです。満たされた分霊樹の枝が空に近いから、そこを経由して……力を流します」


そう言って、空中に指先でなぞるように円を描く。

彼女が何かを思い浮かべているときの癖――手で空間を撫でるような、独特の仕草だ。

その繊細な指が、雨の中の光を掬うように震えて見える。


調子が戻ってきたのかもしれない。

声に、わずかな張りが戻っている。


「だから全部見渡せるところ、それだけで充分です」


アスティが即座に動いた。

ラトリエの祭祀庁員を呼び、地図を広げ、最寄りの高台を指示する。


「北の丘の公園、見晴らし台がある。……あそこなら」


言い終わるより早く、アスティが指揮の声を上げる。

礼拝堂の扉が開かれ、冷たい風が滑り込んだ。


そのとき――


リシェリアが、かすれた声で言った。


「もう、騒がないから……顔だけ見てもいいですか」


胸が詰まるような声だった。

静かなのに、どこか必死で。


アスティがこちらを見る。

何も言わないが、判断を委ねる視線。


俺は、ゆっくり頷いた。

そして、手でセランの運ばれた方角を示す。

許可の意を、静かに伝えた。


応急にあたっていた医務官が一瞬ためらい、少しだけ身を引いた。


「……短くお願いします」


寝台の上のセランは、血の気を失った顔で眠っていた。

枝は邪魔にならないよう短く切られてはいたが、深く突き刺さったまま固定され、止血用の布が何重にも巻かれている。


眉根を寄せ、苦痛に歪んだまま。

それでも、胸はゆっくりと上下していた。


リシェリアはその顔に近づき、胸元で震える手を重ねて祈る。

けれど彼女は何も言わず、ただ見つめ、短く息を吐く。


「行きます。終わらせます」


顔を上げたときのリシェリアの瞳は、もう、涙も怒りも超えた場所にあった。


冬の湖面。

氷が張りつめ、何を映しても揺れない。

そこにあるのは、ただ静かな決意だけだった。


アスティが頷き、俺もそれに続いた。


祈りを残して、リシェリアは再び嵐の方へ向かって歩き出す。

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