聖女の視野
リシェリアの見せた視界は想像を超えていた。
あまりに鮮烈で、現実の視界と重ね合わせるには危うすぎる。確かに、これは瞼を閉じた方がいい。視界が二重になり、眩暈に似た酔いがこみ上げる。
「見えた。」
短く、表向きには淡々と成功を告げる。だが胸の奥では高鳴りが治まらない。
目を閉じたその先、世界が転じる。
そこは森だった。濃い緑の匂いが喉にまとわりつき、湿った空気が肌を覆う。
「このまま伝えるから書き取れ。」
指示を飛ばしながら、自分自身に言い聞かせる。
視界を巡らせれば、一周ぐるりと木々が壁のように立ち並び、足元には絡まりあった根が張っている。土は水分を多く含んでぬかるみ、靴底にまとわりつくような感覚すら伴う。
西には山脈の稜線が浮かぶ。あの形――見覚えがある。南部の連なりに違いない。標高はそれほど高くない。息苦しさがないことからもわかる。左手、斜面の向こうには赤い屋根の集落が並んでいる。あの色と並び方なら、だいぶ地域を絞れるはずだ。
言葉にできるものは全て吐き出し、書記に記録させる。
俺は情景の断片を削ぎ落としながら言語化に努め、他の所員たちが地図を広げ、当たりをつけていく。
やがて、言葉にしきれない残りの像が頭の奥にこびりつく。そこで一度知覚を止め、手を走らせて絵に写し取った。
もうリシェリアの手は取っていない。彼女が補足するべき箇所は、促して言葉にしてもらった。
「断片が落ちた場所は北部領だろう。原因は長雨。急ぎの対処は必要ないが、周囲は警戒させた方がいい。」
「お見事です。」
断片を持ち込んだ所員が頷き、正答を確認した。まずはその者に立ち会いの署名をさせる。
「なに?」
帳面を渡すと、アスティが怪訝そうに眉を寄せた。
「せっかく見学してたんだから署名してくれないか。暇だろう。」
冗談めかして押しやると、彼女は特に反論もせず、さらりと筆をとって署名した。その手元を横目に問いかける。
「どうだった?」
「リシェリアなら当然かな。」
軽やかに言い放つその一言が、妙に重く胸に落ちた。
当然――か。
だが、あの視界はただの映像ではなかった。森の匂いすら鼻腔に届いたような錯覚。草木のざわめきや湿気までも肌に残った。もしアスティがそれを見たら、本当に“当然”と済ませられるのか。あるいは――もっと深いものを彼女は見ているのか。
ともあれ、ただの根の断片でこれだけの情報を引き出せたのだ。本儀式では、いったいどれほどの光景が開けるのだろう。期待と畏れが同時に胸を揺さぶる。
「皆、各自片付けと報告を頼む。聖女殿とアストリット殿下は解散してくれていい。」
声を整えて命じる。リシェリアは優美に礼を取り、アスティが当然のように彼女をエスコートして退出しようとする。
静まりかえった会議室。机の上に残された大樹の断片に、視線が吸い寄せられた。
……そういえば。
昨日から強化された自分の知覚で、大樹を見たら何が映るのだろう。見たいと思っていた。その好奇心が、理性を押しのけてしまった。
「あ、それはだめ!アーレンスさま!」
妙に慌てた声が響いた。普段の敬語がほどけた、か細い叫び。リシェリアの声だった。
……彼女が大きい声を出すのを、初めて聴いた。
だが遅かった。
指先が断片に触れた瞬間、視界が闇に沈み、意識はふっと途切れた。
聖女視点VRだと思ってください




