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氷の聖女のテラリウム  作者: 風木水空
12章 大嵐
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異例の祈り

礼拝堂のすぐ外には、もう電気の痕跡は残っていなかった。


嵐の目の中に入ったのか、外縁よりここはむしろ静かで、風は少ない。遠方では暴風が吠え、町全体を壁のように閉ざしているのが見える。外界の騒擾が嘘のように、この場だけは守られている――そう信じたくなる静けさだった。


側扉からリシェリアが屋外に出た。


俺は建物の中に留まり、窓越しにその姿を追った。分霊樹の幹に手を触れるため、彼女はゆっくりと近づいていく。兵が足場を作り、持ち上げるようにして根を上がらせ、幹の側面に沿って立たせた。


彼女を囲む空気がすっと変わる。礼拝堂の中に残る者たちも、窓からじっと見守っている。息を殺したような静寂が広がり、みな緊張と期待で縛られていた。


盾役だった護衛兵らは、リシェリアの直近ではなく、下に控えていた。根は濡れて滑り、幹へ近づくほど足場は細くなる。大柄な盾役を無理に上げれば、かえって彼女を巻き込んで落ちかねなかった。


落下などに備える位置で配置されているのは、現実的には妥当だったのだろう。


もしかしたら、礼拝堂からは聖女の奇跡の場がよく見えるよう、わざと視界を開けておいたのかもしれない――そんなふうに感じるほど、こちらから見通しが良かった。


リシェリアがこちらを振り返り、『始めますね』とでも言うように会釈をして、幹に向き合った。


幹に寄り添って手を添える。静かに、祈るように、まずは分霊樹の癒しを始めていく。


空気が澄み、清廉な匂いが満ちてくる。水のようにひんやりとした気配が広がり、その奥から、温かなほの青い光が集約していく。


幹から枝へ、葉へ、根へと――分霊樹が彼女の手によって急速に姿を取り戻していくのが見えた。


薄暗い空の下だからなのか、不可視の霊的な樹影が肉眼に映し出されたように、光り輝いていく。


その光景は、これまで俺が見てきた彼女の“部分”ではない。あれが彼女の力の、ほんの一端ではなく、本質に近いものなのだと、胸が震えるほどに分かった。


誰かが思わず感嘆の声をあげる。声はあちこちで連なり、やがて大きくなっていった。


その声が大きくなったのだと思った。


だが、違った。


膨れ上がっていたのは、人の声ではなく、甲高い風の音だった。


風が、雨が、また強まっている。嵐が暴れようとしている。


分霊樹を守ろうとした力に逆らうように、嵐の中心はさらに収縮し、暴力的にこちらへ向かってくる。リシェリアの顔に、焦りが浮かんでいる。彼女はまだ、満たしきれていないのだ。


外縁の民家が軋み、傾きはじめた。瓦が風に巻き上げられ、屋根が剥がれていく。俺は咄嗟に公会堂の方を振り返る。建物はまだ耐えている――この町は対策に長けているはずだ、どうか持ちこたえてくれと心の中で祈る。


「聖女様!」


突如、すさまじい暴風が襲いかかる。幹の途中にいた兵士たちが次々と吹き飛ばされ、幹にしがみついていた者も投げ出される。登り直す間もなく、彼らは風に押し流された。


リシェリアだけは幹に寄り添い、必死に耐えている。細い糸のように見えるその姿を、俺は凝視した。


再び太い雷鳴がうねり始める。空気自体が唸り、地は小刻みに震えた。嵐の声が地面を叩き、世界が揺れる。


「リシェリア!」


もう声にできるのはそれだけだ。


ここで止めれば、分霊樹は戻らない。町を囲う嵐も解けない。それを理解しているのに、戻れと叫びたかった。


逃げろと命じたかった。


だが風がそれを許さない。音は割れ、距離は伸びる。窓の内側から見ているだけの俺に、届かせられるものは何もなかった。


あの石室で見た闇が、瓦礫を巻き上げて中心へ向かっていた。分霊樹をなぎ倒そうと、リシェリアを引き裂こうと、嵐はその牙を剥いている。


瓦礫と折れた枝が、まるで虫を払うように乱暴に振り払われ、兵士の脇の地面に突き刺さる。盾役の兵が根を登ろうとしているところを阻み、呻きがあがる。刺さったら終わりだ――そんなものがそこにある。


視界の端に、影がひとつ鋭くよぎった。


それは、ひときわ大きく、鋭利な枝だった。殺意を帯びたように黒光りしている。


それが、リシェリアの細い身体に向けて、一直線に飛んだ。

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2026/07/14 【ep.304 名前のない憧れ】に投稿ミスがあり、前話と同じ本文を投稿していました。すみません。差し替えて本来の話を公開しましたのでお手すきでご確認をお願いします。 script?guid=onscript?guid=on
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