表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷の聖女のテラリウム  作者: 風木水空
12章 大嵐
154/317

雷鳴が裂く道

俺たち運搬班は、祭器とそれを設置する祭祀官の護衛として主祠堂へ向かっていた。


町の中央に近づくにつれ、空気はひりつくように重くなる。

それでも、リシェの成果が届いているのか、先ほどまでの帯電はずいぶんと収まっていた。

空を覆う雲の揺らめきが少し穏やかになり、地を這っていた青白い火花も見えなくなってきている。


視界の前方には、先行するアスティとカイルの一団が見える。

地図と異能の感知で、見える火花や電気の兆候を的確に避けながら、慎重に進路を選んでいく。

足元の石畳に残る残滓を踏まぬよう、まるで暗闇の地雷原を渡るような足取りだった。


俺たちは複数人で慎重に、祭器を収めた箱を支えながら歩いていた。

一歩一歩、状況を確かめながら、常に左右へ視線を走らせる。

木箱の中には、分霊樹に捧げる新しい祭器――そのために鍛えられた金属の塊が詰まっている。


歩きながら、ふと空を見上げる。

――四つ目の光の柱が、遠くで輝いた。


「……あとひとつ」


胸の奥が、少しだけ緩む。

あと一つ終えれば、格段に安全になると聞いた。

もう少しで終わる。

リシェの仕事も、俺たちの任務も。


……そう思った、その時だった。


空気が変わった。


喉の奥に金属の味が広がる。

鼻を突くような電気の匂い。

耳鳴りのような静寂。

それらが一瞬にして全身を包み込む。


俺だけがもつ“感覚”――

まるで獣の髭を逆なでされたような、ぞっとする嫌な感触。

皮膚の下の毛が逆立ち、静電気が体を走る。


「……ッ!」


暴れようとしている。

押さえつけられているのを嫌がるように、雷鳴がうねり始めた。

空気そのものが唸り、地を震わせる。


――狙われている。


視界の端で、光の筋がうごめいた。

狙いは人ではない。


金属だ。


異能の力で鍛造された特別な金属。

分霊樹へ奉納するための祭器。

そして、それを抱えて歩く俺たち。


「……まずい! 離れろ!」


反射よりも速く体が動いた。

箱を放棄する。

均衡を崩し、他の兵も手を離す。――間に合う。


「おい!? セランッ」


文句を聞いている暇はない。

隣の兵が、まだ木箱に触れている。

その腕を叩き落としても、まだ近い。


そいつの首根っこを掴んだ。

全身の筋肉を使って、少しでも遠くへ。


跳躍した。

泥が飛び散り、息が切れる。

その瞬間、誰かが叫んだ。


「雷が」

「落ちるぞ!」

「退避ッ」


――閃光。


世界が真白に染まり、次の瞬間、轟音が鼓膜を貫いた。


衝撃が背に叩きつけられ、熱が皮膚を舐める。

俺は咄嗟に祭器から身を離し、背を向ける形で飛び退いていた。


反射的に目を伏せていたせいか、視界は残っている。


だが――耳が、聞こえない。

音が遠い。

世界が、ぬるい水の中みたいに揺らいでいた。


数瞬ののち、世界に音が戻った。

鈍く響く鼓膜の奥で、雨の音と人の声が混ざり合い、遠くから現実が戻ってくるようだった。


あまりに近くで落雷を受けたせいで、体の中を一瞬だけ電流が走った気がする。

肌の内側が焦げるような痛みが多少あるが、立っていられる。

致命的な怪我はない。

誰より早く動けたおかげで、間に合った。


「点呼!」

「怪我人は!」


怒号が雨音を割った。

視界の隅で、兵士たちが互いの無事を確かめ合っている。


「……あ、あ……ぁゎ」


声がして、振り向く。

俺が突き飛ばすように引っ張った兵と、ぶつかってもみくちゃになった祭祀官数名が、泥まみれのまま尻をついていた。

髪も衣もぐしゃぐしゃだが、血の気はある。


「すまん、雑で。……無事? 怪我は?」


息を荒げながら声をかけると、彼は腰を抜かしたまま言葉にならず、こくこくと首を縦に振った。

その仕草を見て、胸の奥の緊張が少しだけ緩む。


――助けてやれてよかった。


そう思った瞬間だった。


「祭器、破損! 繰り返す! 祭器破損ッ!」


耳をつんざく叫びが響き、反射的に振り返る。


そうだった。


そこには、黒く焦げた木箱があった。

中にあった祭器は黒変し、金属部分がまだ赤々と燻っている。

火花が散り、焦げた木の匂いが鼻を刺した。


俺が引き離した兵は無事だったが、他の何人かには火傷が見える。

袖が焼け落ち、腕を押さえて呻いている者もいた。

医療資材の多くは公会堂に置いてきた。


……ここでの手当ては限界がある。


少し離れたところで、先行の祭祀官は焦げた祭器を見て絶望的に顔色を失っていた。

アスティにすらわずかな焦燥が見て取れる。

それでもカイルだけは、ほんの少し眉を上げて計算をし直そうという、顔だった。


なら、損失は大きくても、あの澄ましたやつが何とかするだろう。

してもらうしかない。


その時――空が、わずかに明るくなった。


「……っ」


思わず顔を上げる。

雨の幕を突き抜けて、五本目の光の柱が立ち上がった。

白く、真っ直ぐ、天を裂くように。


リシェリアだ。


その瞬間、空気の中の雷の味が薄まる。

鉄の匂いが消えていく。

まだ遠雷は響いているが、地表の帯電は和らぎ、空が少しだけ静まった。


――奇跡を見た気がした。


ともかく、一番の危機は脱した。


だが、安堵の暇もなくアスティが声を張る。


「分かれて行動する! 祭器は破棄する!」


全員の視線を一身に集め、指示を捌く。


「怪我人一人につき二名で抱えて公会堂へ戻り、公会堂の状況に合わせて可能な人員は再合流しろ。我々は行動を継続し、主祠堂前で聖女らと落ち合う」


その声は、嵐の中でもはっきりと届いた。

彼女の采配に迷いはない。


「解散!」


号令とともに、隊が動き出す。

重傷者を抱える者、祭器の残骸に防水布を掛ける者、再編に向かう兵。

混乱の中で、動線だけは驚くほど秩序立っていた。


俺は怪我人に肩を貸した。

その肩は震えていて、雨で冷たく、泥が重かった。


「助かる。でも聖女さんは無事そうで良かったな」


「まだ終わったわけじゃねえ。戻って、次に備えよう」


短く声をかける。

その言葉は、相手に向けたものでもあり、自分自身への言い聞かせでもあった。


また遠ざかる。

だが――今はそれしかできない。


一刻も早く、終わらせて辿り着かなきゃならない。

リシェのいる、あの光の下へ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2026/07/14 【ep.304 名前のない憧れ】に投稿ミスがあり、前話と同じ本文を投稿していました。すみません。差し替えて本来の話を公開しましたのでお手すきでご確認をお願いします。 script?guid=onscript?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ