兵士達の酒宴
リシェリアさんの背後から、控えめにサフィアさんが姿を現した。その肩越しに、陽気な声が響く。
「よお、帰ったぜ。いやぁ、外は風が冷たくてな。王都の空気が恋しかったぞ」
リカリオさんだった。肩に外套を掛け、いつもの気安い笑みを浮かべている。旅帰り直後だというのに疲れを感じさせず、鎧の鳴る音も立ち姿も、やっぱり歴戦の騎士そのものだった。
……格好いいな。
アスティ様の側近たちは皆すごいけれど、その中でもリカリオさんは少し特別だ。強いのに威圧感ばかりではなく、場を和ませる空気を持っている。実戦経験も豊富で、隊の空気を締めるのも上手い。僕みたいな若手からしたら、やっぱり憧れる。
「サフィア、リカリオも。お疲れ様です。無事に……ありがとう」
セランさんが自然に頭を下げる。
「ご無事で何よりです」
僕も慌てて背筋を伸ばし、リカリオさんへ騎士礼をとった。
「おう」
リカリオさんは軽く頷き返した。それだけなのに、なんだか認めてもらえたみたいで嬉しくなる。
「リシェリア様。この後すぐ、当番侍女がお庭までお迎えに参ります」
サフィアさんが使用人通路の方を見やる。少し眉を寄せていた。予定より戻りが遅くなったから、受け入れ側の準備もずれ込んだんだろう。
「うん、サフィアもありがとう。まだすることあるんでしょ? ここでセランと迎えを待ってるから気にせず行って。明日からゆっくり休んでね」
リシェリアさんの声は、旅の疲れがあるはずなのに柔らかかった。外遊から戻ってきたばかりなのに、真っ先に周りを気遣える。そういうところは、本当に聖女様らしいなと思う。
「バージェス、セラン。私は二日ほど休みになりますから、リシェリア様のことは引き続きお願いします」
「おう」
「わかっています」
セランさんと声が重なるように返事をすると、サフィアさんは一礼し、通路の奥へ消えていった。去っていく背中には静かな疲労が滲んでいたけれど、姿勢は少しも崩れない。さすがだな、と思う反面、やはり自分はあちら側の世界には向いていないとも思った。
リカリオさんはその背を見送ると、今度は僕たちへ向き直った。
「さて、俺は警護連中と、この後打ち上げに呑む予定だ。アスティ様も合流なさるが……この後任務がないなら、お前らも来るか?」
頭が真っ白になった。
え、行きたいに決まっている。飲酒年齢になったところで、そういうところへ出入りしたことはまだないし、何よりリカリオさんと同席できる機会なんてそうそうない。
「良いのですか!?」
思わず前のめりで声が出た。リカリオさんがニヤッと笑う。
「おうともよ。アスティ様は酒呑みだからな、頭数を増やしておかないと潰されちまって明日が辛い。それに若いのがいた方が場が和む」
うわ。絶対面白い。騎士たちの酒席なんて、僕みたいな若手にはまだ憧れの場所だ。任務の話、武勇伝、失敗談。きっと色んな話が聞ける。
「セラン、お前は」
促されて、セランさんが肩を竦める。
「構わない。が、リシェを引き渡してからだな」
セランさんの視線を追って、ああ、と思った。リシェリアさんは、まだセランさんの腕にしがみついている。帰ってきた安心感なのか、久しぶりだからなのか、ぴったりくっついたまま離れる気配がない。
なんだか見ているこっちまで安心する光景だった。
「はは、お嬢ちゃんはすっかり子狸に戻っちまったな。よし、間に合うだろう。半刻後に城門で落ち合おう」
「わかった」
その時、リシェリアさんが顔を上げて、小さく言った。
「……私も、行ってみたい」
空気が止まった気がした。
僕も、セランさんも、たぶん同じ顔をしていたと思う。リカリオさんだけは眉を上げて、愉快そうに目を細めた。
夕闇の廊下で、銀髪がわずかに揺れる。声は小さいのに、なぜかよく響いて、場の雰囲気が変わってしまった。
「良いわけねえだろ、聖女が。ばれたら騒動になる」
案の定、セランさんが淡々と低く言った。
「変装するから」
リシェリアさんはひるまず食い下がる。日中の公務では到底見ることのない、年相応の女の子の顔だった。
「ダメだ。外遊帰りの他の兵が寛ごうとしているのに、お前が混ざってさらに疲れさすんじゃねえ」
「まあまあ、セラン。その辺にしとけ。俺たちに決める権限はねえよ。どのみち、アスティ様に確認が必要だ」
リカリオさんが間に割って入るように笑った。その一言で、すべてがひっくり返った。セランさんは一瞬だけ言葉を失い、目を逸らす。
リカリオさんの言うことは、だいたい正しい。セランさんと僕は外遊で疲れているわけじゃないし、警護兵もリカリオさんもいる。何かあっても、リシェリアさんを守れないはずがない。それにアスティ様が主催するなら、店の格も品もきちんとしているはずだ。少なくとも、兵士の誰かが下品な冗談を言っても、アスティ様が一瞥すれば即座に鎮まる。
「よし、じゃあアスティ様に確認してくる」
リカリオさんが歯を見せて笑うと、場がふっと明るくなる。リシェリアさんは小さく嬉しそうに頷き、セランさんは苦虫を噛み潰したように目を伏せた。
ほどなくして戻ってきたリカリオさんの後ろから、アスティ様が姿を見せた。
アスティ様はほんの少しだけ溜息をついて、でもどこか楽しそうに微笑んだ。「仕方ないなぁ」と言いながら、リシェリアさんの侍女に耳打ちする。その声はやわらかいのに、有無を言わせない気品があった。
侍女は一礼して奥へ下がり、小ぶりな外出用の外套や、髪を隠す帽子などを手に戻ってきた。それをリシェリアさんの肩にかけ、アスティ様が自ら紐を結ぶ。
外へ出る前に、リシェリアさんの髪は少しだけまとめられ、布のフードで覆われた。街灯の明かりの下でも、あの銀色が反射しないように。その上、セランさんの黒い襟巻きをぐるぐるに巻かれて、まるで小動物がもこもこの布に包まれたみたいだった。
アスティ様がリシェリアさんの手を取って、自然に歩き出す。その仕草が、なんというか――王子のようだった。
セランさんは案の定、複雑な顔をしていた。表情は真面目そのものなのに、視線の奥が少しだけ拗ねている。リシェリアさんをアスティ様に取られたような気分なのだろう。それでも目線は周囲を見張っていて、何かあればすぐ手を伸ばせる位置を保っている。
護衛だけは譲っていない。
僕も息を整えて、その後ろを追いかけた。




