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氷の聖女のテラリウム  作者: 風木水空
9章 悪夢
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分かち合いたい眠り

リカリオから聞いた過去の断片は俺の胸を苦しくさせた。


前に、リシェリアが初めて、俺に心を読むことを提案したあの時。

不用意に俺は死体の話をして、あまりにも苦しそうな顔をさせてしまったことがあった。


繋がってしまう。

リシェリアも――災害に蹂躙された者。


俺と同じだ。


こんな共通点など、欲しかったわけじゃない。

彼女にまで、あの冷たい現実を重ねてしまうことが、ひどく惨めに思える。


この世界には異能がある。癒やしの術もある。だが、それでも死はあまりにも身近にあって、病も飢えも根絶などされはしない。ひとりの人間に出来ることなど限られているし、それは誰のせいでもない。

それなのに――リシェリアは、幼くして治癒ができて、目の前のセランの命を繋ぎとめた。それだけで、彼女はすでに「特別」だった。


災害の場。地獄と呼ぶほかない光景を、幼い目で見てきたのだろう。

安全地帯で訃報を受け取っただけの俺などよりも――災害の只中にいた彼女の方が、ずっと苛烈な記憶を背負っているはずだ。


「終わりです。お待たせしました」

祭壇の光から立ち上がり、静かにこちらへ戻るリシェリアの声。


「お疲れ様。ありがとう」

俺は自然にそう迎えていた。声は落ち着いていたが、胸には複雑な感情が渦を巻いていた。


そういえば――彼女は朝、時折顔色が悪いことがあった。

今でも城の夜を、一人で耐えているのだろうか。

灯火の消えた寝台の上で、声を殺し、幼い日の災厄に引き戻されているんじゃないのか。

その想像だけで、息が詰まった。


その後、ようやく辿り着いた宿の灯は、街道の埃に覆われた身体を包むように柔らかく滲んでいた。

荷を下ろした後の当番以外の兵士たちはそれぞれに散り、酒を飲みに行ったり露店に消えた。

サフィアも「必要なものを買いに」と言って外へ出ていったので、珍しくリシェリアの体が空いた。


その隙を縫うようにして、逃さず俺は夜の茶に誘った。

扉の外には警護はいるものの、本当に久しぶりに二人きりだ。


……昼にリカリオからあんな話を聞かなければ、今頃もっと浮かれた気持ちで彼女を見ていられただろう。胸の奥に生まれた重みを押し隠し、平静を装う。


「これ、よかったら。よく眠れる」


俺は宿の食堂からもらってきた杯を差し出した。牛乳に少し砂糖と、ほんの数滴の酒を落としただけの、簡素な眠り薬代わりの飲み物だ。


「初めての外遊で気を張って疲れただろう。昂って眠れないかもしれないから」


――昼に聞いたことは伏せて、あえてありがちな理由を口にした。勝手に知られたくないことだろう。


「……ふふ。甘くて優しくてカイルらしい飲み物ですね。よく眠れそう」


リシェリアはカップを受け取り、ゆっくりと口をつけながらこちらを見る。青い瞳が揺れ、柔らかく微笑む。


「ありがとうございます。カイルもそんなことがありました?」


「そうだね。小さい頃、初めて王都に行くときの前夜や、生誕祭の夜……そんなことも多かったな。今だと、面白い学説を見つけた日とかね」


――あとは、リシェリアに恋に落ちた日。あの瞬間から、君のことを考えては眠りの浅い夜は珍しくなくなった。


胸の奥でそっと呟くだけにして、照れ隠しに言葉を繋ぐ。


「だいたい宿の寝台がね……どうしても質が下がる。そうなると睡眠の質も下がるんだ。

 旅の間はそれなりに寝つきが悪い。だから……まあ、リシェリアも眠れなかったら。起こしてくれてもいいよ。話に付き合うことはできる。……昼の馬車移動で寝ればいいさ」


「どうしてもそうだったら甘えますね。でも今回はサフィアが相部屋ですから。寝る時に誰かが一緒なのはとても久しぶりで、いっそ楽しみにしていたんです」


リシェリアは笑いながら、指先でカップをくるりと回した。

纏う雰囲気には出立以前に比べても憂いなどは見えず、夜に怯える気配なんて微塵もない。

本当に悪夢に弱っているとは思えない。

「……平民のお家には、部屋数なんてないから、みんな一緒くたになって雑魚寝で寝るんですよ。でもそうして寝ると安心できて……私、添い寝されるの好きなんです」


「意外だね。俺は、相部屋は気を遣うので苦手だな。特に寝所も一緒だと、時間になれば読書や研究を止めざるを得ない」


夜更かしに怒る侍従――ヘンリクのしかめた顔を思い出しながら、脳裏で少しだけ抱えていた罪悪感が薄れた。

俺やリカリオの取り越し苦労で、とっくに乗り越えているならそれでいい。

苦しむより、安らかな寝顔の方がリシェリアに似合っている。


「カイルにこそ、睡眠の為だけの何もないお部屋か、管理人が必要ですね」


その言葉に、胸が微かに詰まる。

俺もリシェリアに安心を渡すから、彼女も俺に眠りを分けてほしい。そんな温もりを分け合う日が来ればいいのに。


横に添い寝してくれる顔を思い浮かべながら、俺は無言でカップの縁を指でなぞった。


甘い牛乳の香りの向こうに、言葉にならない思いが滲む。

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