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氷の聖女のテラリウム  作者: 風木水空
間章 裏庭の新人
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失言

――さっきの会話が、頭から離れない。


庭での作業中、何気なく口にした一言だった。

恋人なら嫌がるんじゃないか――そんな、当たり前の話のつもりだったのに。


リシェリアさんは、その言葉にきょとんとして。

まるで意味がわからないみたいに首を傾げて、それから――はっきりと「違う」と言った。


僕は思わず聞き返してしまった。

セランさんと、恋人同士じゃないのかと。

僕はずっと、セランさんとリシェリアさんは恋人だと――当たり前のように思い込んでいたんだから。


返ってきたのは、戸惑いながらもやっぱり同じ否定だった。


――そして、僕は今になって気づいた。


とんでもないことを口にしてしまったんじゃないか。



もともと僕がメイスン家の別宅で働いていた頃も、詳しい経緯は聞いてたわけじゃない。

あの二人は、アスティ様が任務で拾ってきた人達で。だけどお城にあげられる作法がないから、しばらく住み込みで叩き込むという触れ込みだけ。僕は年が近いから仲良くしてやれと言われて、色々シルヴィナスやメイスン家の事をお教えしたくらいだ。


所在なげで、居心地が悪そうだったお二人しか知らない。2人は似てなくて、それでもすごく親密で。

だから別宅にいた使用人仲間たちは皆、口にはしないまでも「二人はそういう関係」だという扱いをしていた。漂う雰囲気がそういうものだと、暗黙に浸透していた。


それに加えて――軍部に入って、庭の手伝いに加わることになった直後の頃、セランさんから、言われた言葉が刻み込まれていた。


「おう。アスティから聞いた。これから庭に手伝いに来るらしいな」


「はい! お二人の作業が楽になるように頑張りますね」


「助かる。ま、お前のことは信用してるけど。念の為言っとく。……リシェに惚れたりすんなよ。俺のだからな」


敵意とかそんなの一切感じない、ただ真顔でそう言われた。

兵士になったとはいえ荒事に慣れてるわけでもない僕にとって、あの圧のある一言は冗談に聞こえなかった。だから、余計に信じ込んでしまっていた。


確かに、リシェリアさんは綺麗なのに可愛くて、うっかりしたら好きになってしまいそうではある。


まるで人ならざる光を纏っているみたいで、触れるのも憚られるほど浮世離れしている。けれど、ふとした時に隙が見えて、その無防備さに思わず守りたいという気持ちが湧く。城の中に、密かに叶わない恋をしている人は実際に結構いると思う。


きっとセランさんは、その隙を守るために随分苦労してきたのだろうなと思った。


セランさん自身も強くて格好よくて、男として憧れる要素をいくつも持っている。だから僕は二人はお似合いだと思っていたし、横恋慕してセランさんに挑むなんて考えもつかなかった。

それで、あの言葉と周囲の空気もあって、恋人同士なのだと何の疑いもなく、ここまで来てしまっていた。


だから――僕は今日、軽々しく口にしてしまっていた。けれどリシェリアさんから返ってきたのは余りにも淡々とします「違う」という一言。


頭が真っ白になった。


僕がここに入る前に騒動になっていた“赤か黒か”の賭博や噂話だって、あれほどに二人の気配が対照的に際立っているなら、人々が面白おかしく語りたがるのも無理はない。


あの黒衣の祭祀官――カイル様。彼がリシェリアさんに向ける過剰なまでの親しげな眼差しや、距離の近さ。

想い人が他の男とあんな傍に居られる状況に……普通は耐えられるはずがない。

すでに相思相愛で、リシェリアさんの気持ちがちゃんと自分に向いていて、ただ仕事でしたかなく傍に居るだけだとわかっているから、黙って見ていられるのだと見ていた。


違うのか。本当に違うのか。


どう考えても、カイル様の方は、シェリアさんに恋している。

視線も態度も、あまりにわかりやすい。

あの柔らかく崩れるような笑顔や、赤くなる頬を見ていれば、誰でも察するだろう。


セランさんは……言うまでもない。

いや、していなければ、「俺のだから」なんて言葉は出てこないはずだ。


なのに、リシェリアさんのあの反応。靡くどころか、思い当たることすらない様な感触だった。

……リシェリアさんの反応はあまりに乾いていて、恥じらいとか動揺もなかった。あれはそもそも恋人がいる反応じゃない。


実際、あの話がみんなに忘れ去られたかどうかと言えば。そんなことはない。

上の人に禁止された。だから大っぴらにはもう言わない。だけど興味は依然としてある。



それだけ――リシェリアさんが目立つんだ。

光の下にいるみたいに。誰もが目を奪われる存在だ。


……それなのに。

元々ずっと一緒にいたのに。手を伸ばせば届く距離にいたのに。

思いがけず、外側に立っているしかなくなってしまったセランさんは、辛いんだろうな。


アスティ様やカイル様のように、高い地位の人になってしまった。

僕のような下っ端の身分なら、距離を置かざるを得ない。


どうしても僕は――地位が近いからか、同じ立場から見てしまう。

だから肩入れしたくなる。

心の中で、そっとセランさんの赤派に味方してしまうのだ。


はあ……。


それにしても。あれほどに”赤と黒”の噂が熱狂していたのは。あの均衡は。

おそらくリシェリアさんがどちらにも傾いていなかったからなんじゃないのか。


これを機に、リシェリアさんが変に意識しはじめてしまったらどうしよう。

そして、それが僕の失言のせいだと、セランさんにバレたら。


どうしよう。


セランさんにちょっかいをかけて、訓練の中で制裁された人達を思い出す。


背筋に冷たい汗が流れるのを感じて、僕は額を押さえた。

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