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氷の聖女のテラリウム  作者: 風木水空
間章 裏庭の新人
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着任

秋の頃、僕はとある騎士団幹部用の執務室にお呼び出しを受けて参上していた。


「バージェス・ラング、召還に応じ参上しました」


「入れ」


内部の応答があり、扉が開く。そこには僕の主人であり、黒い髪が凛々しい女性が足を組み執務席に鎮座していた。


部屋は妙に空虚で、持ち主がほとんど滞在していないんじゃないかと思うほどに、必要最低限の書類と備品だけしかない。少なくとも、僕が見たことがある、部屋の主の見知った私室とは、まるで違った。

彼女はもっと人間味があって、面白くて、自分の好みをしっかり持っている人だ。

単純にあまり長居しないだけなのか、もしくは、ここ城内には寛いだり自分をさらけ出せる気安い場じゃないか――後者だったのなら。

僕がこの先、主のためにそういう空間を作っていくんだ。それが僕の務めだと思っている。


「大樹の木漏れ陽、麗しきこの日にアストリット・メイスン公女殿下と、再びお目にかかれたこと、喜びに絶えません」


僕は床に膝をつき、臣下として最大の礼をした。

目前の卓には頬杖をつき、面白そうに僕を見下ろすアスティ様がいる。


「ふ、型も服も。見慣れてなくて変な感じ」


小姓として仕えていた僕が、今は騎士団の最下層の兵装に身を包み、床に膝をついているのが面白いらしい。


「知らない顔もいないし、もう崩しちゃっていいよ。久しぶりね、ジェス。それでどう?こっちの暮らしは」


「ええー!!折角練習してきましたのに!」


僕は不満を口にしながらも、すぐに肩の力を抜いた。


「もう、相変わらずですね、アスティ様。えへへ……可もなく不可もなくなんとかやってますよ」


そういって、僕は自分の近況をお知らせした。


アスティ様は、幼い頃から奉公させていただいている領主一家のお嬢様だ。王家にも連なるとても尊い血のお方で、このような気安いやり取りが許される立場では到底ない。

これは、アスティ様やその兄上のイオ様の気質によるもので、あまりに重い責任の中で、気が抜ける相手として可愛がってくれたように思う。勿論、ご領主様の目が届かない、ごくごく私的な時間でのみ許された態度だ。公然では勿論、態度はわきまえて臣下の分を超えたりなんてしない。

それでも僕にとっては、主というよりも年の離れた姉のような存在だ。


そんな僕がこの春メイスン家の小姓から、軍部へ推薦いただき一兵卒として入城した。王城に出仕することになったのは、一部はアスティ様の要望でもある。アスティ様の後見する”聖女”を見守る目としての手駒を欲されたからだ。

でも自分の目的として、将来、アスティ様の側近、従士となるための経験を積むことができる。そう思ったから拝命してここに来た。


でもアスティ様は話を聞いて納得いかなそうに言う。


「でも、兵士ってガサツでしょ。やっぱり文官見習いか、使用人で召し上げた方が良かったんじゃないの?」


慌てて手を振ってそんな発想をかき消す。


「いやいや!御領地での奉公ならともかく、王城で僕みたいのは無理ですよ!上下も作法も全然違うって聞きますし!」


とんでもなかった。

体力に自信はあるけれど、勉強はからきしだから文官としてやっていける気がしない。かといって使用人として働くのは、ただただ恐ろしかった。領主邸……特にご当主様の筆頭使用人さんたちの張りつめた空気感を見てきた僕には、飛びこむ気が全然沸かない。


「すっごい陰湿ないじめとかありそうじゃないですか!」


アスティ様の目が細まる。あまりに率直な想像を言いすぎて、苦笑が漏れてる。


「サフィアが聞いたら卒倒しそうなことを言わないで」


脳裏に、アスティ様の乳姉妹であるサフィア姐さんの顔が浮かんだ。意地悪な人ではないけれど、アスティ様を心酔しているからか、いつも領主邸では僕はお小言を言われていたからだ。サフィア姐さんも今は、聖女になったリシェリアさんの侍女として城内にいるし……使用人になったらまたこき使われてしまう。

今は戦下じゃない。推薦を頂いているから前線じゃなくてアスティ様身辺に配置してもらえる。兵士といっても走り回る小間使いみたいなもので気が楽なんだよな。


「まあまあ。それこそ使用人階層にはサフィアさんがいますし、僕は兵士階層にいたほうが目も耳も行き届きますでしょう?」


自分の耳を指した。政治的にもアスティ様の役に立つという主張はしておかないと。


「ま、ね。じゃあ、しばらく頑張って年季を積みなさい。私の方も小回りのきく従士が早く欲しいんだから」


アスティ様が呆れたように肩をすくめて仕方なさそうに笑った。


「ご期待に添えるよう尽力いたします!」


配置換えされそうになくて良かった。心からの笑顔で応じる。


「そういえば、あいつ。……どう?馴染めてる?仲良くやれそう?」


アスティ様が声の調子を少し落とし、話題を移したことを示した。ここに呼びだされた本題らしい。


僕より先に新兵として入っていた、兵士の中で赤毛の番犬なんて揶揄されている――セランさんのことだ。


どこかも知らない辺境の村出身で、しかも難民として社会から外れて暮らしていたリシェリアさんとセランさんは、僕が当たり前に知っている知識や文化を知らなかったし、大勢の人の中で暮らすうえで円滑に過ごす術である、作法なんてものから縁が遠かった。

特に、護ることを主題に生きてきたセランさんは、狩猟や身体能力には秀でていても、人の細かい機微や複雑な感情を読むことは得意じゃないみたいだった。

だからアスティ様が、セランさんを王城に入れる方法は兵士しかなかったんだ。


その代わり、入隊試験では上位だったらしい。


「ああ、ええ。セランさん。問題ないと思います」


気負いなく答えた。自分で見た光景や、人から聞いた話を思い浮かべる。基本的には――よく馴染んでいる。それが僕の所感だ。


「まあ、もともと兵舎は平民上がりが多いですしね。今期は騎士爵の方もいなかったですから礼儀上の問題も特に起きてないです。セランさんも別に、悪い方じゃないですからね」


アスティ様の顔は変わらない。静かに聞いてくれていた。

実際、兵士層においては身分差はそこまで露骨には出ない。上位貴族の子弟や僕みたいな推薦枠は別で処理され、本当の下積みを経ずに配置されることが多い。だからこそ、今回の新兵たちはほぼ同質の集団だ。余計な軋轢は生まれなかったように思う。


セランさん自身も、人間関係において問題があるわけじゃない。粗くて雑なほうだけど、敵意を向けなければ、別に誰にでも噛みつくというわけではなく。僕みたいに年下や、利害のない相手には普通に気さくだ。必要な場面では空気も読める理性もある。


……リシェリアさんが関わらない限りは。


「リシェリアが登城して……ふざけた流行りがあったでしょ」


アスティ様は僕の想像を読んだようにあえて名前を出して、核心に触れた。


”赤と黒の賭け”。


僕が入城の時に、起きていたという話だ。もちろん兵舎に入った早々、メイスン家にいたと知られていた僕にも探りがたくさん入って知っている。


「ああ。ええ、そう、ですね。兵舎でも盛り上がってました」


これが聞きたい大事な事なんだろうし、取り繕っても意味がない。


「リシェリアさん可愛いし、ちょっとだけ、良くないことを言ってる人も確かにいましたが……厳戒令が出てからは表向きは静かです。」


「表向きは?」


「まあ……やっぱり若い侍女さん方は、まだ気にはしてますね。ただ、ああいう介入するようなのはなくて純粋に見守ろうって感じです。逆にそういう意味で見てた兵士連は静まり返ってます。その、セランさんを揶揄うような人がいて……本人が知るところになったので」


アスティ様は次を促すように沈黙する。

そのまま言葉を続ける。


「セランさんが、その人を滅多打ちにしちゃいましたからね……みんな口を噤んじゃって……」


そうなってしまえば。メイスン家から来てセランさんの知り合いでもある僕に漏らす人は流石にいなかったのだ。


「……。」

ぴくりと眉が動いた。


「いえ、あくまでも訓練の範囲内のことですよ!そんななので、悪質な動きは今のところないです!……今のところ城内に残ってるのは。本当に好奇心、というか」


「……まあ、それならいい。変化の兆しがあればまた報告して」


意識して、柔らかな笑みを浮かべる。姉のような、それでいて上官としての距離を保った表情。

そこで終わるかと思った。

アスティ様も忘れていたんだろうか、思い出したように付け加えた。


「あ、前に言っておいたけど。生活に慣れたらリシェリアの裏庭の手伝いもさせるから。よろしくね」


リシェリアさんに下賜された聖女の裏庭。来季より二面になる上公務で不在も増える。人手はどうしても必要になるからと聞いていた話だった。


セランさんとリシェリアさん――身分によって隔てられる二人のために、アスティ様が用意した場所。


誰の目も届かない場所になってしまわないように、僕が置かれる。アスティ様の目的は……想像できるけれど、言われていないから詳しくは知る必要もない。

本当にただの人手かもしれないし、二人が国家に対してよからぬことをしないように監視かもしれない。安全確認の保険のためかもしれない。噂や醜聞に晒されないための第三者の証人かも。


言われないということは、ありのままでいい。考えなくていい。真っ直ぐ動くことがアスティ様の役に立つってことなんだから。――それが得意で、それがやりたい事だ。


「はい!お任せください!」


僕は元気に返事をした。

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