庭の外に続く道
「それで?セランの方は、初めての王都のお祭りはどうだったの?」
リシェが好奇心ではち切れそうな顔で俺に聞いた。
……戻ってくるなり、好き放題俺をかき乱しやがって。
懸命に積み上げた俺の自制の壁を、軽々と越えてきてしまった。悩んでいたのが馬鹿らしい。
首に巻かれたこの黒い襟巻きが、俺をリシェの騎士にしてくれたことが、温度以上に心を温めてくれた。
色々思うところはあるが、とりあえず。今は会えなかった期間の隙間を埋めよう。
俺はスコップを土に差し込み、その柄に体重を預けて見てきたものを話し出す。冷えたままの冬の土の匂いが、かすかに鼻先に残る。リシェは庭の階段に腰掛け、足先を揺らしながら俺の話を聞いていた。
降誕節の期間中、俺は街のバザールを何度も巡っていた。観光客で溢れ返る中で、もしリシェが自由に歩けたなら喜びそうな場所を探していたんだ。甘い果実酒を使った菓子や、色鮮やかな花の飾り。通りには見世物小屋が並び、歌や楽器の音が絶えず響いていた。俺自身も、その時期だけの料理を味わったり、兵士仲間に捕まって酒を飲まされたりして騒いでいた。酒に酔って顔を真っ赤にして踊り出すやつもいたし、リシェが言っていた通り、街角には銀髪の聖女の仮装までいて、思わず笑ってしまった。
そんな話をすると、リシェは目をきらきらさせ、指先を口元に添えながら「そっちのが良かったなぁ」と、羨ましそうに言う。
代わりにリシェは、自分が過ごした降誕祭の様子を話してくれた。大礼拝堂の装飾は天井まで輝いていて、聖歌が反響して胸に響いたこと。王や王子を間近で見て、衣装や冠に散りばめられた宝石の光に目を奪われたこと。異国の客も多く、挨拶の仕方が分からず、周囲の真似を必死にしていたこと。
「頑張ってたのかぁ、本当に? 居眠りしてたんじゃないのか」
軽くつつくと、リシェは慌てて首を振った。
「そんなことない! ちょっとうっかりシャンデリア見とれてただけ」
言い訳しながら笑うが、そのまま続くかと思った声が、不意に途切れる。
「そういえば。私……この目の色は隣のネーヴェリアってとこの人にある色かもって言われたの」
その声には、喜びも動揺もなく、ただ事実を述べただけのような薄さがあった。
「ふうん。まあそういうこともあるだろな」
俺は肩をすくめる。国境沿いなら血が混ざるのも珍しくないし、王都にも外国人は多い。
「うちんとこだってみんな同じ赤毛でも俺は金目で、ソーマは黒だしな」
親父は茶色、でも爺ちゃんが金色だったらしいし、俺はそっちの血だろう。ソーマは母親似だ。
「そうだね。その話をしてくれた人もちょっと違う青目だった。……髪の毛は白が強い金髪。半分は普通の白髪かな。でも一瞬だけ……ドキッとした」
リシェの視線がわずかに遠くへ向く。その横顔を見て思う。
きっとリシェは、自分と同じ色を探している。自分が一人ではないと証明できる相手を。
「カイルは私の髪みたいな色なんて今まで見たことなかったって言ってたから。……もっと話聞ければ良かったな」
声は小さく、吐息に紛れるように消えた。
「別に聞けばよかったろ」
思ってもいないことが口から出た。リシェが自分のルーツを見つけたら、遠くへ行ってしまうかもしれないのに。でもそれでも、止めたくはない。
リシェは少し唇を尖らせる。
「うーん。なんか息子さんの嫁に来いって言い出すから。……なんか面倒で」
その瞬間、思わず吹き出した。
「ははっ!どこの親父も言うこと変わらねえなぁ!」
村でもそうだった。祭りのたびに、似たような冗談を飛ばす父親がいた。
「そう。街の人もお城の人も同じだよ。言葉遣いが違うだけ。」
リシェはまっすぐ俺を見る。その瞳は、聖女になっても自分は変わらないし、俺も変わらないと告げていた。
……わかった。
胸の内でそう頷く。もうわざと距離を取ることはしない。何と言われようと、聖女リシェリアは俺の知っているリシェのままだ。
……とはいえ、そのままにしておくのも気恥ずかしくて、わざと話を逸らす。
「わかった!リシェの髪の毛は実はそれ白髪なんじゃないか? 元々は他の色で、もう白髪になっちゃってるんだよ。だってリシェ、たまにお婆ちゃんみたいなこと言うし、すぐ疲れるじゃん。年齢ごまかしてないか?」
「えぇ!?なにそれ!そんなことないよ」
両手をばたつかせて否定する。耳まで赤くして、信じられないという顔だ。
「まあ気になるなら、いつか見に行けばいい。隣の国なら歩いていけるだろ。……大樹のこと片付いたらさ」
スコップの柄に腕を乗せたまま、軽く言う。
「あ、そうだね。そうしたい。他の国の人達も色々見たんだけどね、とっても面白そうなの。カルナーンとか見渡す限り平原なんだって。馬がたくさんなの。遊牧って村ごと移動するんだって」
リシェの声が弾む。知らない世界を語るときの表情は、どんな宝石よりも輝いている。
帰る場所が決まってないなら、どこに行ったっていい。そういうもんかもしれない、と思った。
「いいなそれ。俺も見てみたい」
目の前に広がる草原を、リシェと並んで見ている自分を思い描く。
「当たり前でしょ。……私をお婆ちゃんだっていうなら歩かせないでよ? 可哀想だし、ちゃんと背負って連れて行ってね」
何気ない調子で、未来を当然のように口にする。
「根に持ってんのな」
こんなふうに、自分をその先に含めてくれる。それだけでどうしようもなく嬉しい。
ほんと、俺は単純だと思う。
セランよりに疲れやすいと言われたリシェリアの体力はカイルよりは全然あります。




