任せる
「ライクを頼みたい」
「は?」
俺とアカポリスの声が重なった。
「ちょっと待って」
「嫌だね」
また重なった。
「なんで俺をこいつに頼むんだよ」
「なんで私が坊ちゃんの面倒を見なきゃならないの」
「面倒見てもらうつもりないし」
「なら話が早いね」
「早くない」
父が間に入る。
「二人とも聞け」
「嫌だ」
アカポリスが即答する。
「お前は昔から――」
「その昔のせいで嫌なんだよ」
父が黙った。
「で?」
アカポリスが腕を組む。
「何をするつもり」
父は手の中の金属片を見る。
「私はこれを持って王宮へ戻る」
「さっき出てきたばかりだろ」
「ああ」
「陛下に見せるの?」
「まずはな」
「これだけでアリナを帰してくれる?」
「分からない」
また、その言葉だった。
でも今度は腹が立たなかった。
「ただ」
父が続ける。
「市場にいた男が、王国で一般に使われているものとは違う装置を持っていた。それが北で見たものと似ている」
黒い石を見る。
「偶然で済ませるには、少し多すぎる」
「でも決めつけるな、だろ」
「ああ」
「分かってるよ」
「ならいい」
「それで?」
アカポリスが聞く。
「王宮の次は」
父は少し黙った。
「北へ行く」
「今から?」
思わず聞き返す。
「ああ」
「アリナは?」
「だから行く」
「意味分かんない」
父が俺を見る。
「王宮で同じ話を繰り返しても、今の決定は変わらない」
「だから妹を置いて北に行くの?」
「置いていくんじゃない」
「同じだろ」
「違う」
声は静かだった。
「アリナを連れ帰るために、必要なものを取りに行く」
「必要なもの?」
「王国の判断を変えるための材料だ」
「その間にアリナは?」
父の表情が少しだけ固くなる。
「すぐに処分されることはない」
「なんで分かる」
「アリナはA級として隔離された」
「……A級?」
初めて聞く言葉だった。
「危険度の判定だ」
「それって、どれくらいなんだよ」
父はすぐには答えなかった。
「少なくとも、簡単に家へ帰れる判定ではない」
胸の奥が冷える。
「じゃあ、大丈夫じゃないじゃん」
「ああ」
「どれくらい時間がある」
「長くはない」
「北から戻れる?」
「戻る」
迷いはなかった。
「その前に、王国の判断を覆す材料を見つける」
「もし何もなかったら?」
「別の方法を探す」
「それでも駄目だったら?」
「また探す」
父が俺を見る。
「私は、できることをする」
その言葉だけは迷わなかった。
「お前もそうしろ」
「俺?」
「市場の男を追え」
顔を上げる。
「俺が?」
「ああ」
「でも、父さんも――」
「私は北へ行く」
「だからアカポリス?」
「そうだ」
隣を見る。
アカポリスはまだ腕を組んでいた。
「本人、めちゃくちゃ嫌そうだけど」
「嫌だよ」
「ほら」
「だが、お前よりは追跡に慣れている」
「比べる相手おかしくない?」
「坊ちゃんより下なら廃業するね」
「坊ちゃんやめろって」
「そのうち」
父がアカポリスを見る。
「頼む」
今度は、さっきより静かな声だった。
アカポリスの笑みが消える。
「理由は?」
「言っただろう」
「そうじゃない」
父が黙る。
「なんで、この子をそこまで急いで動かす」
アカポリスの視線が鋭くなる。
「妹さんが捕まった。それだけじゃないんだろ」
父はしばらく答えなかった。
「アリナの拘束は、市場の一件より前から決まっていた」
アカポリスの表情が止まる。
「……何?」
「今日、初めて疑われたわけじゃない」
「誰が対象に挙げた」
「分からない」
「王は?」
「報告を受けて王命を出した」
「その報告の出どころは」
「明かされなかった」
アカポリスの目から、完全に軽さが消えた。
「なるほどね」
「何が」
俺が聞く。
「三日前からあの男がいた」
「うん」
「王国も、それ以前から妹さんを対象にしていた」
「ああ」
「どっちが先か分からない」
父が頷く。
「だから追う必要がある」
「そういうことか」
アカポリスが壁から背を離した。
「でも」
俺を見る。
「なんで坊ちゃんまで?」
「男の顔を知っている」
「私も知ってる」
「アリナの日常を知っている」
「兄なんだから当然だろ」
「その当然が必要になる」
父が俺を見る。
「アリナが普段どこへ行き、誰と会っていたか。何か変わったことがなかったか」
言葉が止まる。
「それを一番知っているのは、お前だ」
「……俺が?」
「ああ」
「誰かがアリナを危険だと判断した」
胸の奥がざわつく。
「なら確かめろ」
「何を」
「いつから、誰があの子を見ていたのか」
父はそれ以上言わなかった。
アカポリスが小さく息を吐く。
「……昔と変わったね」
「何がだ」
「子供を戦場に出すようになった」
父の顔が固まった。
「戦場に出したいわけじゃない」
「知ってるよ」
アカポリスが俺を見る。
「だから面倒なんだ」
「何が?」
「こっちの話」
そして父を見る。
「一つ条件」
「言え」
「私の判断で危ないと思ったら止める」
「構わない」
「坊ちゃんが嫌がっても」
「構わない」
「俺には聞かないの?」
二人とも俺を見る。
「嫌だって言ったら?」
父が答える。
「それでも頼む」
「ひどくない?」
「だから言っただろう」
「何を」
「止めても行くと」
言葉に詰まる。
アカポリスが笑った。
「よく分かってるねえ」
「親だからな」
「そこだけは似てる」
「何が」
「頑固なところ」
「俺まで?」
「特に坊ちゃん」
「まだ何もしてないだろ」
「これからする顔してる」
否定できなかった。
父が黒い石の欠片を懐へしまう。
「日が落ちる前に王宮へ戻る」
「そのまま北?」
「ああ」
「どれくらいで戻る」
「分からない」
「またか」
「だが、必ず戻る」
その言葉だけは、少し強かった。
「アリナを連れ帰る」
俺は父を見る。
「ああ」
「絶対だぞ」
「分かっている」
父が俺の肩に手を置く。
ほんの一瞬だった。
「ライク」
「何」
「今度は、何か分かったら話せ」
「父さんもな」
「ああ」
今度は笑わなかった。
本気で頷いた。
父が背を向ける。
**王宮へ続く道を歩いていく。**
その背中が人混みの向こうへ消えるまで見送った。
「行ったね」
アカポリスが言う。
「ああ」
「じゃあ私も行くか」
「どこに?」
「帰る」
「は?」
歩き出した腕を掴む。
「ちょっと待てよ!」
「何」
「今の話聞いてた?」
「聞いてたよ」
「俺を頼まれただろ!」
「頼まれたね」
「じゃあ――」
「私は引き受けるとは言ってない」
「条件まで出したじゃん!」
「交渉しただけ」
「詐欺だろ!」
アカポリスが笑った。
「冗談」
「……は?」
「ついてきな、坊ちゃん」
歩き出す。
「どこ行くんだよ」
振り返らないまま答えた。
「男が三日前、最初に現れた場所」
足を止める。
「知ってるの?」
「だから追ってたんだよ」
「先に言えよ!」
「聞かれなかったからね」
アカポリスはそのまま歩いていく。
俺は慌てて、その背中を追った。




