欠片
父は、手の中の金属片を見つめていた。
「同じもの?」
聞いても、すぐには答えない。
黒い石を指先でなぞる。
「父さん」
「似ている」
「似てるだけ?」
「ああ」
それ以上は言わなかった。
「で」
アカポリスが壁にもたれる。
「そろそろ説明してくれる?」
「何をだ」
「そっちの坊ちゃんが、なんであの男を探してるのか」
「坊ちゃんって俺?」
「他に誰がいるの」
「ライク」
「知ってるよ」
「じゃあ名前で呼んでよ」
「そのうちね」
軽くあしらわれた。
父が金属片を握る。
「市場にいた男が、アリナを最初に魔女と呼んだ」
アカポリスの表情が変わった。
「妹さん?」
「ああ」
「……なるほど」
「何が?」
俺が聞く。
「私が見たとき、あの男はあんたの妹を見てた」
「やっぱり?」
「ずいぶん熱心にね」
「それで追ったの?」
「それだけじゃない」
アカポリスが父の手元を見る。
「それを着けてたから」
「黒い石?」
「正確には装置の方」
父が顔を上げる。
「いつ気づいた」
「騒ぎになる少し前」
「前?」
胸の奥がざわついた。
「アリナが魔法を使う前から、あの男を見てたってこと?」
「そうなるね」
「なんで」
「似た装置を探してた」
父とアカポリスの視線が合う。
「お前もか」
「その言い方だと、あんたもみたいだね」
「どこで知った」
「昔の伝手」
「誰だ」
「それを聞くなら、先にそっちから話しな」
「アカポリス」
「バレンティア」
二人とも黙る。
「……仲悪いの?」
聞くと、アカポリスが吹き出した。
「昔からこんな感じ」
「そうなの?」
「余計なことを言うな」
「ほらね」
父が小さく息を吐く。
「それで、男はどうした」
「逃げた」
「どうやって」
「普通に走って」
「お前から?」
「そこ、そんなに引っかかる?」
「引っかかる」
「失礼だねえ」
アカポリスが弓を軽く叩いた。
「一発当てたよ」
「どこに」
「右腕」
父が手の中の金属片を見る。
「それで落ちたのか」
「たぶんね」
「たぶん?」
「命中した瞬間、妙なことが起きた」
「妙なこと?」
アカポリスが俺を見る。
「男の姿が消えた」
「消えた?」
「正確には、一瞬見えなくなった」
「魔法?」
「さあ」
「魔法装置では」
父が言う。
「私もそう思った」
「王国式ではないな」
「見たことないね」
「でも」
俺は二人を見る。
「男だったんだよな?」
「ああ」
「なら、魔法を使うなら装置が必要なんだろ」
「普通はね」
アカポリスが答える。
「普通は?」
「今のは忘れな」
「気になる言い方するなよ」
「気になるなら、自分で調べな」
「意地悪だな」
「よく言われる」
父はまだ黒い石を見ていた。
「その男の顔は」
「見た」
「ライクが見た男と同じか確認できるか」
「特徴を言ってみな」
今度はアカポリスが俺を見る。
「黒い髪。細い。俺より少し背が高かった」
「目は」
「細かったと思う」
「歳は」
「三十……くらい?」
「曖昧だね」
「一瞬しか見てないんだよ」
「右の頬に傷は?」
記憶を探る。
「……あった」
「細い傷?」
「ああ」
アカポリスが頷いた。
「同じ男だね」
「やっぱり」
「でも名前は知らない」
「どこの人間かも?」
「知らない」
「誰に雇われてるかも?」
「知らない」
全部分かると思っていたわけじゃない。
それでも、少し落胆した。
アカポリスが俺を見る。
「何、その顔」
「もっと知ってるのかと思った」
「期待されても困るねえ」
「追ってたんだろ」
「追ってるからって、全部分かるなら苦労しないよ」
父が小さく頷いた。
「それでいい」
「よくないよ」
「決めつけるよりはいい」
「またそれか」
「大事なことだ」
「はいはい」
「返事は一回でいい」
アカポリスが俺を見る。
「親子だねえ」
「似てないんじゃなかったの?」
「口は似てるって言っただろ」
父が無視して話を戻す。
「お前はいつからこの男を追っていた」
「三日前」
「三日前?」
思わず聞き返した。
アリナが連れていかれたのは今日だ。
「じゃあ、やっぱり……」
「何?」
「今日たまたま市場にいたんじゃない」
アカポリスが少しだけ目を細める。
「そうかもしれない」
「アリナを見張ってた?」
「かもしれない」
「じゃあ――」
「坊ちゃん」
初めて、その声から軽さが消えた。
「分からないことを、分かったことにするな」
父を見る。
「……それ、父さんにも言われた」
「いいこと言うじゃない」
「お前に褒められても嬉しくない」
「私は褒めてないよ」
また二人が睨み合う。
でも。
一つだけ分かった。
男は今日、偶然市場に現れたわけではないかもしれない。
三日前から、アカポリスはその男を追っていた。
そして王国も、今日より前からアリナを対象にしていた。
別々だったものが、少しずつ近づいている。
「アカポリス」
父が呼んだ。
「何」
「頼みがある」
「嫌だ」
「まだ何も言っていない」
「昔から、あんたの頼み事でろくな目に遭ったことがない」
「今回も似たようなものだ」
「なおさら嫌だね」
そう言いながら。
アカポリスは帰ろうとはしなかった。
父が俺を見る。
それから、もう一度アカポリスへ向き直る。
「ライクを頼みたい」
「は?」
俺とアカポリスの声が重なった。




