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見たことがある

「その男について、最初から話せ」


 父の声が変わった。


「最初から?」


「ああ。何をしていた。どこにいた。何を身につけていた」


 さっきまでとは逆だった。


 今度は、父が俺に聞いている。


「市場にいた。アリナが荷車を止めたとき」


「兵士か?」


「違うと思う」


「騎士は」


「たぶん違う」


「なぜそう思う」


「鎧も着てなかったし、周りの人と同じ格好だった」


「他には」


 思い出す。


 馬。


 浮いた荷車。


 アリナを見つめる人たち。


 みんな驚いていた。


 怖がっていた。


 あの男だけは違った。


「アリナを見てた」


「それは他の者も同じだろう」


「違う」


 父が黙る。


「あいつ、驚いてなかった」


「……続けろ」


「怖がってもなかった。なんていうか……」


 言葉を探す。


「確認してるみたいだった」


「何を」


「分からない」


 でも、あの目だけは覚えている。


 初めて見たものを見る目じゃなかった。


「それで、あいつが最初に言ったんだ」


「何を」


「魔女だって」


 父の眉がわずかに動く。


「周囲の誰より先に?」


「ああ」


「アリナが魔法を使った直後か」


「そう」


「他には」


「袖に何かつけてた」


 父の目が止まった。


「何か?」


「金属の器具」


「魔法装置か?」


「分からない。でも、学院で見るようなのとは違った」


「形は?」


「丸かったと思う」


「中央に石はあったか」


 記憶を探る。


「……あった」


「色は」


「黒」


 父の顔から、わずかに色が消えた。


「父さん?」


 父が考え込む。


「何なんだよ」


「まだ分からない」


「またそれ?」


「分からないものを、分かったとは言えない」


 少し苛立った。


 でも。


 さっきまでとは違う。


 父は何かを隠しているというより、本当に考えているように見えた。


「ただ」


 父が言う。


「お前の話が正しければ、王国で一般に使われている装備とは違う」


「王国の人間じゃないってこと?」


「そこまでは言っていない」


「でも」


「王国で一般的に使われている装備ではない。それだけだ」


 言葉を切る。


「それに、似たものを見たことがある」


 顔を上げた。


「どこで?」


 父はすぐには答えなかった。


 廊下の向こうへ目をやる。


 誰もいないことを確認してから、声を落とした。


「北だ」


「北?」


「少し前に、ある事件の現場で見た」


「どんな事件?」


 父は一度だけ息を吐いた。


「詳しいことは、まだ今回と結びつけるな」


「でも」


「隠すつもりはない」


 父が俺を見る。


「北で起きた事件の現場に、似た器具が残っていた。それは事実だ」


「同じもの?」


「分からない」


「じゃあ――」


「だから確かめる」


 父の声が少し強くなる。


「似ているというだけで同じものだと決めつければ、見えるものまで見えなくなる」


 言い返せなかった。


「まず、その男を探す」


 父が歩き出す。


「市場に戻るの?」


「ああ」


「もういないかもしれない」


「それでも行く」


「どうやって探すんだよ」


 父が振り返る。


「お前だけが顔を知っている」


 少しだけ胸がざわついた。


 父にも分からない。


 父にも知らないことがある。


 でも。


 今は、俺しか知らないことがある。


「俺も行く」


「そのつもりだ」


「……止めないんだ」


 父が一瞬黙った。


「止めても行くだろう」


「行く」


「だろうな」


 それだけ言って、また歩き出す。


 少し前なら、家に帰れと言われていた気がする。


 でも今は違った。


 父の後ろを追う。


 王宮へ来たときは、父に答えを聞けば何とかなると思っていた。


 でも父にも、分からないことがある。


 なら。


 分からないまま待っているわけにはいかない。


 アリナは今も、帰ってきていない。


「ライク」


「何」


「一つだけ約束しろ」


 歩きながら、父が言った。


「勝手に動くな」


「父さんもな」


 足が止まった。


 父がこちらを見る。


「……何?」


「一人で勝手に調べてたの、父さんだろ」


 しばらくして。


 父が小さく息を吐いた。


「違いない」


 俺たちは、そのまま市場へ向かった。

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