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決まっていた

 王宮へ着いた頃には、息が上がっていた。


 馬を降り、そのまま門へ向かう。


「止まれ」


 衛兵が前に出た。


「バレンティアの息子、ライクです。父に会いたい」


 名前を告げると、衛兵同士が顔を見合わせた。


「少々お待ちを」


「急いでる」


「しかし――」


「父さんは中にいるんだろ」


 答えはなかった。


 それで十分だった。


 しばらくして、奥から別の兵士が来た。


「こちらへ」


 案内されたのは、玉座の間ではなかった。


 長い廊下を抜ける。


 その途中で。


「ライク?」


 声がした。


 足を止める。


 廊下の向こうに、父が立っていた。


「父さん」


 バレンティアの顔には、いつもの余裕がなかった。


「どうしてここにいる」


「それ、こっちの台詞だよ」


 父が黙る。


「アリナが連れていかれた」


「……知っている」


 胸の奥で何かが跳ねた。


「知ってる?」


「ああ」


「なんで知ってるんだよ」


「ライク」


 声が大きくなる。


 近くにいた兵士がこちらを見る。


 父はそれを目で制した。


「場所を変えよう」


「ここでいい」


「ライク」


「父さん、いつから知ってた?」


 父の表情が止まった。


「家に戻った」


 言葉が勝手に出てくる。


「父さんを探した。そしたら、俺が帰るより前に王宮へ出たって聞いた」


 父は何も言わない。


「書状が来たんだろ」


「……ああ」


「王家から」


「ああ」


「アリナが市場で魔法を使う前に」


 沈黙。


 その沈黙が、答えだった。


「なんなんだよ、それ」


 父が目を伏せる。


「市場での一件を見て、アリナを連れていくって決めたんじゃないのか?」


「違う」


 即答だった。


「……違う?」


「あの書状が届いた時点で、すでに決まっていた」


「何が」


 父は少しだけ迷った。


「アリナを王国の管理下に置くことだ」


「管理下って」


「隔離だ」


 ディントが言っていた言葉が蘇る。


 監理院。


 危険性の確認。


 隔離。


「それと」


 父が続ける。


 嫌な予感がした。


「危険性が高いと判断された場合、処分することも認められていた」


 頭の中が真っ白になった。


「……最初から?」


「ああ」


「今日のことが起きる前から?」


「ああ」


「理由は?」


 父は答えなかった。


「アリナ、何もしてないだろ」


「分かっている」


「だったらなんで!」


 声が廊下に響いた。


「何もしてない人間を、隔離して、場合によっては殺していいなんて話になってるんだよ!」


「ライク」


「父さんも、それを知ってたのか」


「書状が届いて初めて知った」


「じゃあ、誰かがその前からアリナを危険だって見てたってことだろ」


「……そうだ」


「誰がアリナの名前を出した?」


 父はすぐには答えなかった。


「それが分からない」


「父さんにも?」


「ああ」


「陛下には聞いたんだろ」


「聞いた」


「じゃあ」


「誰が最初にアリナを対象として挙げたのか。少なくとも、私には明かされなかった」


 意外な答えだった。


 父なら何でも知っていると思っていた。


 王と直接話せる。


 王宮にも迷わず入れる。


 何かが起きれば、どうにかしてくれる。


 ずっと、そう思っていた。


「じゃあ、王命は?」


「陛下は報告を受けて、王命を出された」


「その報告をしたやつが分からない?」


「正確には、どこからアリナの名が挙がったのかが分からない」


「そんなの……」


 父が何も言わない。


 王命はある。


 隔離も決まっている。


 場合によっては処分まで認められている。


 なのに。


 その始まりだけが見えない。


「父さんは、それを確かめに来た?」


「それもある」


「それも?」


 父の目が、わずかに細くなる。


「私は以前から、別のことを調べている」


「別のこと?」


「まだ確かめられていないことだ」


「何それ」


「今のお前に話すつもりはない」


「どうして」


「確証がないからだ」


 父の声は静かだった。


「敵がいるのかどうかすら分からない。誰が関わっているのかも分からない」


「だったら一緒に調べればいいだろ」


「お前はそう言うと思った」


「は?」


「だから話さなかった」


 意味が分からず、父を見る。


「知れば、お前は動く」


「当たり前だろ」


「だからだ」


 父は一度だけ目を伏せた。


「私が調べれば済むことに、お前たちまで巻き込みたくなかった」


「……お前たち?」


「お前とアリナだ」


 胸の奥が熱くなる。


「でも」


 言葉が出た。


「もう巻き込まれてるよ」


 父の顔が止まった。


「アリナは連れていかれた」


「……ああ」


「俺だってここにいる」


「分かっている」


「分かってないだろ」


 父は何も返さなかった。


 その沈黙が、さっきまでとは違って見えた。


 後悔しているように見えた。


「陛下には会ったんだろ」


「ああ」


「なんて」


「決定は覆せない、と」


「は?」


「現時点では」


「理由を教えてよ」


「国には国の理由がある」


「またそれ?」


 父がこちらを見る。


「国の理由ってなんだよ」


「……」


「アリナより大事なの?」


 口にしてから、自分でも子供みたいな問いだと思った。


 でも父は笑わなかった。


「私にとっては違う」


 静かな声だった。


「だからここへ来た」


「じゃあ連れ戻そう」


「簡単な話ではない」


「どうして」


 父が一歩近づく。


「よく聞け、ライク」


 その声が変わった。


「アリナが今日、初めて疑われたわけではない」


 言葉の意味がすぐには分からなかった。


「……何?」


「王国は、市場での一件より前からアリナを見ていた」


 背中が冷えた。


 頭に浮かんだのは、一人の男だった。


 市場。


 袖口の金属器具。


 誰より早く、アリナを見て。


 叫んだ。


 魔女だ、と。


「父さん」


「ああ」


「だったら、あの男は――」


 父の目が細くなる。


「男?」


 今度は父の方が、知らない顔をした。

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