水場
翌朝。
俺たちは、レイリを見たという村人に話を聞いた。
「一昨日の夕方、森から出てきたところを見たんです」
村人は、詰所の机に広げた地図を指した。
森の南側。
昨日行った見張り小屋から、少し村へ近づいた場所だった。
「本人だと思いますか」
アカポリスが聞く。
「顔まではよく見えませんでした。でも、あの子によく似ていて」
「声はかけなかったの?」
オルティナが聞いた。
「そのときは、まさかレイリだとは……」
「ううん。ありがとう」
オルティナは地図を見る。
「この辺なら知ってる」
「行ったことある?」
「子どもの頃、よくね」
◇
森の南側には、細い水路が通っていた。
村の畑へ流れる水。
途中には、古い石造りの水場がある。
「まだ残ってたんだ」
オルティナが少し早足になる。
「ここ?」
「うん。昔はもっと水あったけど」
朝の日差しが、水面で揺れている。
「レイリ!」
オルティナが呼んだ。
返事はない。
「レイリ!」
水の音だけ。
「もう少し先も――」
アカポリスが言いかけた。
「あれ?」
声がした。
「オルティナ?」
水場に女の人が立っていた。
水路の脇にしゃがんで、手を洗っている。
オルティナが止まる。
「……レイリ?」
「え、何。どうしたの?」
女の人が振り返った。
少し驚いて。
それから笑う。
「帰ってきてたんだ」
「それ、こっちの台詞なんだけど!」
オルティナが駆け出した。
◇
「ちょっと待って!」
レイリが濡れた手を上げる。
「まだ拭いてない!」
「知らない!」
「冷たいって!」
そのまま抱きついた。
レイリが一歩よろける。
「何なの、もう」
「何なのじゃないよ!」
「痛い、痛い」
「帰ってこないから!」
オルティナの声が震えた。
レイリが何か言おうとして。
やめた。
背中へ腕を回す。
「……そっか」
しばらく。
二人はそのままだった。
やがてオルティナが離れる。
レイリが服を見る。
「ほら。びしょびしょ」
「元から濡れてたでしょ」
「手だけだよ」
「細かいなあ」
レイリが、曲がったオルティナの襟を直す。
「そっちが雑なんだよ」
「うるさい」
オルティナが笑った。
昨日からずっと張っていたものが、少しだけほどけたように見えた。
◇
「それで」
レイリが俺たちを見る。
「誰?」
「王都で知り合った友達」
「へえ」
「ライクと、アカポリス」
「どうも」
俺が言う。
「レイリです。オルティナがいつもお世話になってます」
「何その言い方!」
「間違ってないでしょ」
アカポリスが笑う。
「まあ、元気な人ではあるね」
「ほら!」
「褒めてないから!」
「何でだよ!」
レイリが笑った。
俺も少し笑う。
「レイリさん」
同行していた兵士が声をかけた。
「あ、はい」
制服を見て。
レイリの笑顔が少しだけ消える。
「少し、お話を伺ってもよろしいですか」
「……私、何かしました?」
「いえ。行方が分からなくなっていましたので」
「私が?」
「村の方々が捜しています」
「……ああ」
レイリが小さく頷いた。
「そっか」
オルティナが横から顔を覗き込む。
「そっか、じゃないよ。何してたの?」
「森にいた」
「それは分かる」
「奥の方」
「ずっと?」
少しだけ。
レイリが考えた。
「……ずっと一人だったわけじゃない」
「誰といたの?」
「それは」
言葉が止まる。
水路を見る。
「ちょっと、いろいろあって」
「いろいろって?」
「ごめん」
レイリが首を振った。
「今は、うまく話せない」
オルティナが黙る。
兵士が聞いた。
「ほかの三人について、何かご存じですか」
レイリが顔を上げる。
「……三人?」
「あなたを含め、行方不明になっていたのは四人です」
「……」
「森で誰かに会いましたか」
レイリは答えなかった。
「レイリ」
オルティナが呼ぶ。
「何?」
「何かあったなら言ってよ」
「……うん」
「私にも?」
レイリはオルティナを見る。
「うん。ちゃんと話す」
それから、兵士を見る。
「でも」
「はい」
「少しだけ待ってほしいです」
「体調が?」
「そういうんじゃなくて」
レイリが言う。
「できれば、村の人がいないところで話したいです」
◇
兵士は、レイリが見つかったことを先に村へ知らせることになった。
家にも伝えてもらう。
「家の人、心配してるよ」
オルティナが言った。
「うん」
「帰ろうよ」
「……うん」
レイリは頷いた。
でも。
立たなかった。
「どうしたの?」
「ちょっとだけ、ここにいたい」
「なんで?」
「久しぶりだから」
「何が?」
「オルティナと話すの」
オルティナが黙る。
レイリが笑った。
「すぐ帰るよ。そんな顔しないで」
「……約束だからね」
「うん」
二人で水場の縁に座る。
オルティナが水をすくった。
「覚えてる? ここ」
「覚えてるよ」
「水に雷入れようとしたよね」
「まだ言う?」
「危ないって怒られたじゃん」
「あれは、ちょっと光らせるだけのつもりだったの」
「ちょっとじゃなかった!」
「そうだったかなあ」
「そうだよ!」
二人で笑う。
王都を出たとき、オルティナから聞いた話を思い出した。
雷を使って混ざろうとして。
止められて。
拗ねたやつ。
目の前のレイリは。
ちゃんと、そのレイリに見えた。
なのに。
村は歩いて帰れるくらい近い。
レイリは、まだここに座っている。
◇
しばらくして。
「私、水汲んでくる」
オルティナが立った。
「魔法で出せば?」
「飲み水くらい普通に汲ませてよ」
「相変わらずだなあ」
オルティナが上流へ歩いていく。
レイリがその背中を見る。
「ねえ、ライク」
「何?」
「オルティナ、王都ではどう?」
「どうって?」
「元気?」
「元気。うるさいくらい」
「だよね」
レイリが笑う。
「友達、できてよかった」
「……捜してたよ」
「え?」
「オルティナ。ずっとレイリのこと気にしてた」
「そっか」
レイリは水を見る。
「会えてよかった」
さっきまでと同じ声だった。
「レイリ」
「何?」
「村に帰らないの?」
返事がない。
少し離れたところで、オルティナが水を汲んでいる。
レイリはその姿を見たまま。
「……帰りたいよ」
言った。
俺は続きを待つ。
「帰りたいんだけどね」
レイリは。
今度は、笑わなかった。




