出発前
監理院へ戻ると、ガンカレスはまだ報告書を読んでいた。
「今度は何だ」
「アリナのこと、確認したい」
「場所は教えんぞ」
「分かってる」
ガンカレスが顔を上げた。
「……そうか」
「昨日みたいなこと、また起きない?」
「起きないとは言い切れん」
即答だった。
「何か変えた?」
「ああ。移送先を知る者は減らした。警備も増やしている」
「外は?」
「点検口と外壁を調べ直している。見回りの経路も変えた」
「セレスさんは?」
「本人にも協力してもらっている」
「そっか」
どこにいるのかは、知らなくていい。
でも。
アリナが一人で待っているわけじゃない。
それは分かった。
「俺たちが王都を離れても、北から来る試料は調べてくれる?」
「当然だ。こちらで照合する」
「……うん」
ガンカレスが俺を見る。
「それで」
隣のオルティナへ視線を移す。
「どこへ行く」
◇
「私の村」
オルティナが手紙を差し出した。
ガンカレスが読む。
「行方不明は四人」
「うん」
「その中に幼なじみがいる」
「レイリ」
「魔法使いか」
「最後に聞いた判定はC級。雷が得意」
「最近の判定は?」
「知らない」
ガンカレスが手紙を置いた。
「この手紙だけでは、王都や北の件と同じ事件とは言えん」
「分かってる。まずは村で確かめる」
「それでいい」
オルティナが少しだけ目を丸くした。
「止めないんだ」
「止める理由がない」
ガンカレスが俺を見る。
「お前も行くのか」
「行きたい」
「アリナは」
「だから先に聞きに来た」
少しだけ迷ってから言う。
「村の件がこっちと関係あるかは分からない。でも、オルティナ一人で行かせたくない」
「一人でも行けるけど」
「そういう話じゃない」
「じゃあ何」
「友達だから」
オルティナが黙った。
「……勝手にすれば」
「行くよ」
「うるさい」
ガンカレスが小さく息を吐いた。
「村の詰所には、こちらから話を通す」
「いいの?」
「失踪者が出ているのは事実だ」
「ありがとう」
「礼はまだ早い」
いつもの言い方だった。
「それとライク」
「何」
「行くなら、アリナに会ってからにしろ」
「会えるの?」
「手配する」
「場所は?」
「教えん」
「分かってるって」
◇
案内されたのは、監理院の面会室だった。
俺だけ先に入る。
少しして、扉が開いた。
「お兄ちゃん」
「おう」
「おう、じゃないでしょ」
「元気?」
「昨日も話した」
「昨日は昨日」
「何それ」
アリナが笑う。
それだけで少し安心した。
向かいへ座る。
「それで?」
「分かる?」
「何か言いたい顔してる」
「そんなに出る?」
「出る」
全員に言われる。
「オルティナの村で、人が帰ってきてない」
「うん」
「四人。その中に、オルティナの友達がいる」
「……そっか」
「俺も一緒に行こうと思ってる」
アリナは少し黙った。
「私がいるから迷ってる?」
「うん」
「やっぱり」
「怖くない?」
「怖いよ」
すぐに返ってきた。
「昨日みたいなこと、またあるかもしれないし」
「……うん」
「でも」
アリナが俺を見る。
「お兄ちゃんがここにいても、ずっと私の部屋の前に立ってるわけじゃないでしょ」
「まあ」
「場所も知らないし」
「それは言わないで」
「本当じゃん」
「そうだけど」
少し笑う。
「警備のことは聞いた?」
「聞いた。増やしてる。調査も続けてる」
「なら」
アリナが頷く。
「行ってきたら?」
「いいの?」
「私に聞いたんでしょ」
「そうだけど」
「じゃあ答えた」
そうだった。
「私も」
アリナが続ける。
「自分のこと、分かったら教えてほしいって言ってる」
「ガンカレスさんに?」
「うん」
「検査も?」
「器具のことも」
「……そっか」
「私のことだもん」
アリナはそう言ってから。
「だからお兄ちゃんも、ちゃんと行ってきて」
「うん」
「オルティナさんの友達、見つかるといいね」
「ああ」
「帰ってくる?」
「帰ってくるよ」
「ならいい」
アリナが少し笑った。
「行ってきて」
今度は、俺も迷わなかった。
「行ってくる」
◇
面会室を出る。
廊下にはガンカレスがいた。
「済んだか」
「うん」
「場所は聞かなかったな」
「聞いてない」
「よし」
「信用ないなあ」
「そういう問題ではない」
「分かってる」
一枚の紙を渡される。
「村の詰所への照会状だ」
「ありがとう」
「失踪者の記録と、捜索の経過を確認しろ」
「うん」
「何か見つけても勝手に持ち帰るな」
「はい」
「返事だけはいいな」
「最近成長したので」
「自分で言うな」
◇
翌朝。
王都の門。
「遅い」
オルティナが言った。
「まだ時間前だろ」
「私より遅い」
「知らねえよ」
アカポリスが俺の荷物を見る。
「照会状は?」
「持った」
「水は?」
「ある」
「珍しい」
「俺を何だと思ってる?」
「坊ちゃん」
「答えになってない」
オルティナが鼻で笑う。
「アリナは?」
「会ってきた」
「どうだった?」
「行ってきてって」
「そっか」
それだけ聞いて、オルティナは歩き出した。
俺とアカポリスも続く。
王都の門を抜ける。
「そういや」
歩きながら聞いた。
「前に、レイリはお前より口が悪いって言ってたよな」
「覚えてたんだ」
「それくらい覚えてるよ」
「どうだか」
「で、ほかは?」
「すぐ拗ねる」
「やっぱり悪口じゃん」
「本当だよ」
オルティナが少し笑った。
「私が水で遊んでると、自分も混ざりたがるくせにさ」
「雷で?」
「だからみんなに止められる」
「そりゃそうだろ」
「本人も分かってる。でも拗ねる」
「面倒だな」
「面倒だったよ」
過去形。
少しだけ気になった。
「私が水の魔法を練習してたときも」
オルティナが続ける。
「横でずっと石投げてた」
「応援は?」
「『まだできないの?』って」
「邪魔じゃん」
「邪魔だよ」
笑う。
「でも」
少しして。
「できるまで、帰らなかった」
オルティナは前を向いた。
「……元気だといいな」
「ああ」
今は。
それで十分だった。
まずは、村へ行こう。




