北からの報告
北からの報告が届いたのは、それからしばらくしてのことだった。
監理院でガンカレスが差し出した紙の最後に、見慣れた署名がある。
バレンティア。
父さんだ。
「五つ目は?」
「本体は残っている」
思わず息を吐いた。
「ただし、黒い石の一部が新しく削られていた」
「……削られた?」
「ああ。削ったものが持ち去られた可能性がある」
全部を盗まれたわけじゃない。
「なんで少しだけなんだろ」
「分からん。道具らしい金属片と、黒い粉も見つかっている」
「父さんは?」
「北に残るそうだ。増援も要請している」
「……そっか」
もう一度、署名を見る。
帰ってきてほしい。
でも、今ここで頼んでも、父さんは帰らないだろう。
「昔からあんな感じ?」
横からアカポリスが聞いた。
「あんな感じって?」
「帰ってこいって言いづらい場所に、平気で残るところ」
「……昔からじゃない?」
「だよね」
「よく部下をやってたね」
「まあ、いろいろあったから…」
「私、昔さ。嘘つきって呼ばれてたことがあるんだよね」
「アカポリスが?」
「何、その顔」
「いや、言われたら言い返しそうだなって」
「当たり前でしょ」
アカポリスが笑う。
「でも、あの頃は言い返しても駄目だった。本当のことを話しても、子どもの言うことだからって」
「父さんは?」
「話は聞いてくれたよ」
「信じた?」
「違う」
「違うの?」
「『嘘をついてる顔には見えない』って言って、それから確かめに行った」
「……ああ」
父さんらしい。
「一緒に行ったの?」
「最初は勝手についてった」
「勝手に?」
「適当に済ませるつもりなら、文句を言ってやろうと思って」
「怖い子どもだな」
「坊ちゃんに言われたくない」
返す言葉がない。
「で、どうだった?」
「本当に見に行った。しかも、私が見落としてたものまで見つけた」
「父さんが?」
「うん。私が正しいかどうか、先に決めなかったんだよね」
アカポリスは報告書に視線を落とした。
「それで部下になったの?」
「すぐじゃないよ。何回か、またついて行った」
「また勝手に?」
「最初はね。そのうち『来るなら手伝え』って」
「……言いそう」
「でしょ」
父さんが前を歩いて、その後ろを小さなアカポリスがついていく。
想像すると、少しおかしかった。
「何笑ってんの」
「いや、父さんも大変だったなって」
「聞こえてるよ、坊ちゃん」
◇
「それより、こっち」
アカポリスが報告書の別の箇所を指した。
「捕まった男のこと?」
「うん。警備の人数、交代の時間。周辺を受け持つ魔法士の数まで」
「……調べてたの?」
ガンカレスが頷く。
「そうした情報を把握していた形跡があるそうだ」
「二人しかいないことも?」
「その可能性は高い。ただし、男がどこまで知っていたかは、北で引き続き確認している」
移る前のアリナの部屋が浮かんだ。
移ってから決まった部屋。そのほぼ正面に、器具が付けられていた。
「……似てる」
オルティナが呟く。
「北の警備と、アリナの部屋?」
「うん。知らないはずのことを、向こうが知ってたのかもしれない」
「でも、同じ連中とは限らないよ」
アカポリスが言った。
「分かってる。だから調べるんだろ」
俺が答えると、アカポリスが少し笑った。
「そう。それでいい」
オルティナは紙から目を離さなかった。
「……じゃあ、これも比べられる?」
オルティナが指したのは、倉庫で見つかった金属片の記述だった。先端には黒い粉が付いていたという。
「監理院の器具にも、黒い粉があった」
「北の粉と金属片は、こちらへ送らせている」
ガンカレスが答えた。
「同じものか調べられる?」
「ああ」
「同じだったら?」
「結果を見てから考える」
「……はい」
「聞き分けよくなったね」
オルティナが笑った。
「何それ」
「少し前なら、今の三回は聞いてたでしょ」
「いつまで昔の俺で話すんだよ」
「つい最近じゃない」
「……そうだけどさ」
アカポリスまで笑った。
◇
報告書をガンカレスへ返した。
「粉の結果が出たら、教えてくれる?」
「確認できた範囲はな」
「頼む」
紙が閉じられる前に、父さんの署名をもう一度見た。
アカポリスの話を聞いて、少し分かった気がする。
父さんは、俺が帰ってきてほしいと言っても、たぶん北に残る。
見つけたものを、確かめるために。
俺にも、こっちでできることがある。
北の黒い粉と、監理院の黒い粉。
同じかどうかは、まだ分からない。
だからまず、そこからだ。




