知らなくていい
翌朝。
監理院へ着くなり、ガンカレスに聞いた。
「アリナは?」
「無事だ」
「部屋は移した?」
「ああ」
「どこに?」
「言わん」
「……俺にも?」
「特にお前には」
「なんでだよ」
「顔に出る」
「またそれ?」
横でアカポリスが頷いた。
「昨日も顔に全部書いてあったからね」
「どんな顔だよ」
「今みたいな顔」
「全然説明になってない!」
「だから顔に出るって話だよ」
オルティナまで笑った。
「昨日より状況が悪い」
ガンカレスの一言で、笑いが止まった。
昨日までアリナがいた部屋のほぼ正面。外壁の点検口に、見たことのない器具が取り付けられていた。
「セレスさんは?」
オルティナが聞いた。
「移した」
「一緒?」
「それも答えん」
「じゃあ、無事なんだね」
「ああ」
「そっか」
オルティナは頷いた。
「……あの人、怖いって言いながら笑ってたからさ」
「それがどうした」
「別に。無事ならいい」
それ以上、行き先は聞かなかった。
◇
「昨日の器具は?」
「黒い粉も含めて調査中だ」
「部屋を知ってた人や配置表は?」
「確認している」
「外から位置を調べられた可能性も?」
「それもだ」
俺は頷いた。
アカポリスが腕を組む。
「昨日、名前が出た職員たちは?」
「必要な確認を進めている」
「そう」
「何か言いたいのか」
「まだ誰がやったか分からないんでしょ」
「ああ」
「だったら、最初から犯人扱いされたら気の毒だと思って」
「決めつけるつもりはない」
「ならいいよ」
アカポリスはそれで引いた。
「それで、新しい場所を知ってるのは?」
「必要な者だけだ」
「ディントは?」
「必要な範囲だけ伝えている」
「アカポリスは?」
「知らないよ」
本人が先に答えた。
「聞かなくていいの?」
「聞いたって教えてくれないでしょ、この人」
「そのとおりだ」
「ほらね」
「……俺は?」
「知らなくていい」
「兄なんだけど」
「だから何だ」
「普通、家族には――」
「普通ならな」
言葉が止まった。
知っておきたい。でも、場所を知ったところで今の俺に何ができる。
「……信用してない?」
「関係ない」
「関係ない?」
「信用している人間だけで情報を回せば漏れないなら、苦労はせん」
ガンカレスは机の書類を閉じた。
「知らない者からは、少なくともその場所は伝わらん。お前だけじゃない」
アカポリスが俺を見る。
「坊ちゃんが知って、何かできる?」
「……できない」
「じゃあ、今は知らないでおくのも仕事じゃない?」
「俺だけ何もしてないみたいじゃん」
「走って確かめに行くよりはいいよ」
オルティナが横から言った。
「少なくとも、あんたにはね」
「……否定しづらいな」
「でしょ」
俺はもう一度、ガンカレスを見た。
「分かった。場所は聞かない」
ガンカレスが少しだけ眉を上げた。
「何?」
「いや」
「絶対何か思っただろ」
「顔に出たか?」
「出てる」
アカポリスが笑った。
「どっちも出てるよ」
「そうだ、坊ちゃん」
「今度は何」
「朝ご飯、食べた?」
「パンなら」
「どれくらい?」
「……半分」
「少なっ」
オルティナが言った。
「急いで来たんだよ」
「アリナなら怒りそう」
「……怒るな」
「分かってるなら食べなよ」
ガンカレスが書類に目を戻した。
「帰りに食っていけ」
「ガンカレスさんまで?」
「倒れられると仕事が増える」
「心配してくれてる?」
「仕事の話だ」
アカポリスがまた笑った。
◇
帰りかけて、足を止めた。
「ガンカレスさん」
「何だ」
「最後に一個だけ」
「場所なら答えん」
「違う」
受付の奥へ目をやる。
どこにいるかは分からない。
「アリナ、朝飯食べた?」
ガンカレスが黙った。
「それ必要?」
オルティナが聞く。
「必要」
「何に」
「俺に」
少しして、ガンカレスが答えた。
「食べた」
「全部?」
「ああ」
「そっか」
胸の奥が、少し軽くなった。
もう、場所は聞かなかった。
知らなくていいこともある。
でも。
飯を食べたかどうかは、知っていたかった。




