少しだけ
「誰も入れるな」
バレンティアが言った。
「はい」
「捕らえた男は?」
「詰所です」
「一人にするな。それと、中の物は調べ終わるまで動かすな」
若い兵士が、開いた木箱を見る。
「何か盗られてるなら、すぐ確かめた方が」
「動かせば、何が変わったのか分からなくなる」
「……はい」
兵士が一歩下がった。
木箱の中に五つ目は残っていた。見た限り、大きさも変わっていない。
だが、昼には右を向いていた刻印が左にある。誰かが箱の中の五つ目に触れたのだ。
捕らえた男は、残っているか確かめに来たと言った。だが、何が残っていればよかったのかまでは聞けていない。
「灯りを」
「はい」
灯りが、焼けた金属と刻印、黒い石を照らした。
「もう少し右」
兵士が灯りを動かす。
「そこだ」
黒い石の端に、細い線が走っていた。
バレンティアは兵士から灯りを受け取り、石に近づけた。
「傷?」
「昼にはなかった」
「覚えてるんですか」
「ああ」
先に王都へ持ち帰った試料も、バレンティア自身が削り取ったものだった。王都へ持ち帰ったのは、小さな一片だけだった。
「前に削ったのは、こっちだ」
反対側に残る古い欠けを示す。
灯りの角度を変えると、新しい線の周囲だけ光り方が違った。角がほんの少し平らになり、黒い粉が付着している。
「削られた?」
「そう見える」
箱の底を調べる。粉は落ちていたが、わずかだった。
兵士が灯りを下げかける。バレンティアは手で制し、欠けた角をもう一度照らさせた。
「削ったなら、もっと落ちてないと変じゃないですか」
「ああ」
「じゃあ、持っていった?」
「可能性はある」
「でも石はありますよ」
「全部ではない」
新しい欠けを見る。
「少しだけだ」
兵士は首を傾げた。
「なんで全部持っていかなかったんでしょう」
「必要なかったのか、持っていけなかったのか」
「どっちですか」
「まだ分からん」
床には、大きさの違う足跡がいくつかあった。その一つは入口から木箱まで続いている。
バレンティアは足跡を避けて横へ回った。
「捕まえた男の靴より小さく見えます」
「ああ」
「別の人が入った?」
「その可能性はある。だが、足跡だけで人数は決められん」
木箱のそばには、針のように短い金属片も落ちていた。
「触るな」
兵士が手を引っ込める。
バレンティアは位置を確かめてから、布越しに拾い上げた。先端に黒い粉がついている。
「削った道具?」
「かもしれん」
「これも王都へ?」
「ああ。粉とは分けて保管しろ。足跡も記録しておけ」
「調べれば分かりますか」
「分かることはあるだろう」
兵士が息を吐いた。
「少しは進みましたね」
バレンティアは返事をせず、黒い石の新しい欠けを見ていた。
◇
詰所では、捕らえた男が椅子に座らされ、兵士が一人そばについていた。
「黒い石が削られていた」
バレンティアが告げる。
男は何も答えない。
「お前がやったか」
「違う」
そこだけは早かった。
「なら、誰だ」
「知らない」
「仲間は?」
「知らないって言ってるだろ」
バレンティアは男の顔を見た。
「削り取ったものはどこだ」
「……」
「知らないなら、知らないと言え」
男は、それ以上口を開かなかった。
「バレンティア様!」
街道からの伝令が詰所へ駆け込んできた。
「何だ」
「南へ向かう馬を三騎、街道の見張りが確認したそうです」
「いつ」
「少し前です」
「距離は」
「もう街道へ」
「追えます」
捕虜を見張る兵士が言った。
「馬は」
「二頭あります」
バレンティアは扉の方を見た。
馬に乗って南へ向かえば、まだ追いつけるかもしれない。
自分一人でも追える。
だが、三騎が今夜の侵入者かどうかも分からない。相手が何人いるかも分かっていなかった。
倉庫を守る兵士が一人。ここで捕虜を見張る兵士が一人。
さっきも、ほんの短い隙に木箱を開けられた。
今ここを離れて、また誰かが来たら。残る二人だけでは、捕虜と倉庫の両方を守りきれないかもしれない。
追えば、娘を連れ帰るための手掛かりが見つかるかもしれない。
「……追わない」
「でも、逃げます」
「ああ」
「黒い石を持っているかもしれません」
「分かっている」
兵士はまだ何か言いたそうだった。
「ここをもう一度空けるわけにはいかん」
「……はい」
「南の関所へ知らせろ。三騎だ。止められるなら止めてくれ」
「分かりました」
「それと増援。出せるだけ頼む」
伝令が走っていった。
◇
倉庫へ戻ると、五つ目はまだそこにあった。
外では焚き火の薪が崩れる音がした。ついさっきまで、二人の兵士がそこにいた。
先ほど調べたばかりの、新しい削り跡。
全部は奪われていない。だが、削ったものがここに残っているとも限らない。
バレンティアは木箱を見下ろした。
今夜、一人が倉庫の裏へ向かい、もう一人が目を離した。その間に誰かが入った。
夜番が二人しかいないことを。
向こうは、知っていたのだろうか。




