二人しかいない
アリナの部屋のすぐ外で、未知の器具が見つかった頃。
王都から遠く離れた北部では、バレンティアが古い石造りの倉庫の錠を見ていた。
「何か?」
後ろから若い兵士が聞く。
「いや」
錠から手を離す。
「夜番は何人だ」
「二人です」
バレンティアが振り返った。
「二人?」
「はい」
「以前は」
「六人でした」
「残りは」
「東の街道と南の村へ」
「補充は?」
「ありません」
「魔法士は」
「この辺り全部で一人です。三つの村と街道を兼任しています」
「前は?」
「三人いました」
「残り二人は」
「一人は退職。もう一人は王都近くへ」
兵士が少し笑う。
「人が足りないそうで」
バレンティアは何も言わなかった。
北も足りていない。
◇
倉庫の奥には、木箱が一つ置かれていた。
中にあるのは、北の事件現場に残され、公式の回収記録には載せていない五つ目の破片だ。
大きな金属片には黒い石が残り、短い記号と数字が刻まれている。
王都へ持ち帰ったのは、ここから削り取った小さな一片だけだった。
「まだ動かしていないな」
「はい」
「誰か見に来たか」
「あなた以外は」
「王都からは」
「連絡ありません」
「分かった」
バレンティアは箱の前にしゃがみ、触れずに中を確かめた。焼けた金属と黒い石。何度見ても、王国のものには見えない。
「これ」
兵士が聞いた。
「本当に事件と関係あるんですか」
「まだ分からん」
「でも保管してる」
「ああ」
「いつまで?」
「必要がなくなるまでだ」
「長そうですね」
「そうだな」
兵士が少し黙った。
「帰らないんですか」
「どこへ」
「王都です」
バレンティアの手が止まる。
「娘さん、まだ隔離されてるって」
「……ああ」
「なら」
「だからここにいる」
兵士が黙った。
バレンティアは木箱を見る。
「これが娘を連れ帰るために必要なら」
一度、言葉を切る。
「私はここにいる」
◇
日が落ちた。倉庫の外では、二人の兵士が焚き火を囲んでいた。
「交代は」
「夜半です」
「次も二人か」
「はい」
「少ないな」
「ここ何年も、何も来てませんから」
「何も?」
「魔獣も。賊も」
兵士が暗い山を見る。
「だから減らされたんだと思います」
「来たら?」
「そのとき考えるんじゃないですか」
「来てからか」
「俺に言わないでくださいよ」
「すまない」
薪が弾けた。
辺りは静かだった。
何年も何も来ない。だから減らす。
その判断を、ここだけ見て間違いだとは言えない。
小さな音がして、バレンティアが顔を上げた。
「どうしました?」
「静かに」
もう一度。
金属の音。
「裏だ」
「倉庫の?」
「ああ」
バレンティアと兵士たちが立ち上がった。
「お前はここに残れ」
「でも」
「箱から離れるな」
「はい」
もう一人を見る。
「私と来い」
◇
倉庫の裏は暗かった。
「誰かいるか!」
兵士が叫んだが、返事はなかった。
「灯りを」
「はい」
兵士が灯りを掲げる。石壁の足元にある、点検用の小さな蓋が開いていた。
「……開いてる」
「昼は?」
「閉まっていました」
「確認したか」
「はい」
バレンティアがしゃがむ。
留め具は壊れていない。
「鍵は」
「俺が持っています」
「予備は」
「詰所です」
そのとき。
足音。
「下がれ!」
兵士を押す。
暗闇から人影が走った。
「止まれ!」
壁を曲がった先に、灰色の上着が見えた。男の手には、細い金属棒が握られていた。
「止まれ」
男が振り返り、金属棒を向けた。小さな光が放たれ、バレンティアは横へ避けた。光が石壁を打つ。
「くそっ!」
二度目が放たれる前に距離を詰め、男の手首を捻った。金属棒が落ちた。
「離せ!」
男の拳を腕で受け、肩から体を押し込んで足を払った。
「っ!」
男が地面へ倒れた。その背へ膝を乗せる。
「動くな」
「……」
「何をしに来た」
答えない。
「倉庫か」
沈黙。
「五つ目か」
男の目が、わずかに動いた。
「そうか」
「何がだ」
「名前は」
「……」
「所属」
「……」
後ろから兵士が追いついた。
「連れていけ」
「待て!」
男が初めて声を上げた。
「話すのか」
「俺は盗みに来たんじゃない」
「なら何だ」
男は少し黙った。
「確かめに来ただけだ」
「何を」
「残ってるか」
「五つ目が?」
答えない。
「黒い石か」
また、ほんの少し目が動いた。
「連れていけ」
「はい」
それ以上、男は何も言わなかった。
◇
「バレンティア様!」
倉庫の方から声がした。
さっき残した兵士。
「来てください!」
走る。
倉庫の扉は開いていた。
「何があった」
「中に誰か――」
「お前はここにいたはずだ」
「いました!」
兵士の顔が青い。
「でも、裏で音がして、ほんの少し目を離したんです」
バレンティアが倉庫へ入ると、木箱が開いていた。
「……」
「俺、離れてません」
「分かっている」
箱へ近づく。
五つ目はある。
「残ってる……」
兵士が息を吐く。
だが、バレンティアは動かなかった。
「どうしました?」
「向きが違う」
「え?」
「昼に見たときは、刻印が右だった」
今は左にある。
「触られた?」
「そう見える」
「さっきの男が?」
「分からん」
「あの男を捕まえたのは、倉庫の裏だ」
兵士が止まる。
「じゃあ」
床には、薄い泥の足跡がいくつか残っていた。大きさが違う。
「……一人じゃない?」
兵士が言った。
バレンティアは答えなかった。
夜番は二人しかいない。
一人を倉庫の裏へ向かわせ、もう一人の目をほんの少し外へ向けさせる。
それだけでいい。
「誰も入れるな」
「はい」
「捕らえた男も一人にするな」
「はい」
バレンティアは開いた木箱を見る。
何年も何も来なかった場所。だから、人が減った。
守る者が減った。
その隙間に。
誰かがもう、入ってきていた。




