↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
48/58

二人しかいない

 アリナの部屋のすぐ外で、未知の器具が見つかった頃。


 王都から遠く離れた北部では、バレンティアが古い石造りの倉庫の錠を見ていた。


「何か?」


 後ろから若い兵士が聞く。


「いや」


 錠から手を離す。


「夜番は何人だ」


「二人です」


 バレンティアが振り返った。


「二人?」


「はい」


「以前は」


「六人でした」


「残りは」


「東の街道と南の村へ」


「補充は?」


「ありません」


「魔法士は」


「この辺り全部で一人です。三つの村と街道を兼任しています」


「前は?」


「三人いました」


「残り二人は」


「一人は退職。もう一人は王都近くへ」


 兵士が少し笑う。


「人が足りないそうで」


 バレンティアは何も言わなかった。


 北も足りていない。


     ◇


 倉庫の奥には、木箱が一つ置かれていた。


 中にあるのは、北の事件現場に残され、公式の回収記録には載せていない五つ目の破片だ。


 大きな金属片には黒い石が残り、短い記号と数字が刻まれている。


 王都へ持ち帰ったのは、ここから削り取った小さな一片だけだった。


「まだ動かしていないな」


「はい」


「誰か見に来たか」


「あなた以外は」


「王都からは」


「連絡ありません」


「分かった」


 バレンティアは箱の前にしゃがみ、触れずに中を確かめた。焼けた金属と黒い石。何度見ても、王国のものには見えない。


「これ」


 兵士が聞いた。


「本当に事件と関係あるんですか」


「まだ分からん」


「でも保管してる」


「ああ」


「いつまで?」


「必要がなくなるまでだ」


「長そうですね」


「そうだな」


 兵士が少し黙った。


「帰らないんですか」


「どこへ」


「王都です」


 バレンティアの手が止まる。


「娘さん、まだ隔離されてるって」


「……ああ」


「なら」


「だからここにいる」


 兵士が黙った。


 バレンティアは木箱を見る。


「これが娘を連れ帰るために必要なら」


 一度、言葉を切る。


「私はここにいる」


     ◇


 日が落ちた。倉庫の外では、二人の兵士が焚き火を囲んでいた。


「交代は」


「夜半です」


「次も二人か」


「はい」


「少ないな」


「ここ何年も、何も来てませんから」


「何も?」


「魔獣も。賊も」


 兵士が暗い山を見る。


「だから減らされたんだと思います」


「来たら?」


「そのとき考えるんじゃないですか」


「来てからか」


「俺に言わないでくださいよ」


「すまない」


 薪が弾けた。


 辺りは静かだった。


 何年も何も来ない。だから減らす。


 その判断を、ここだけ見て間違いだとは言えない。


 小さな音がして、バレンティアが顔を上げた。


「どうしました?」


「静かに」


 もう一度。


 金属の音。


「裏だ」


「倉庫の?」


「ああ」


 バレンティアと兵士たちが立ち上がった。


「お前はここに残れ」


「でも」


「箱から離れるな」


「はい」


 もう一人を見る。


「私と来い」


     ◇


 倉庫の裏は暗かった。


「誰かいるか!」


 兵士が叫んだが、返事はなかった。


「灯りを」


「はい」


 兵士が灯りを掲げる。石壁の足元にある、点検用の小さな蓋が開いていた。


「……開いてる」


「昼は?」


「閉まっていました」


「確認したか」


「はい」


 バレンティアがしゃがむ。


 留め具は壊れていない。


「鍵は」


「俺が持っています」


「予備は」


「詰所です」


 そのとき。


 足音。


「下がれ!」


 兵士を押す。


 暗闇から人影が走った。


「止まれ!」


 壁を曲がった先に、灰色の上着が見えた。男の手には、細い金属棒が握られていた。


「止まれ」


 男が振り返り、金属棒を向けた。小さな光が放たれ、バレンティアは横へ避けた。光が石壁を打つ。


「くそっ!」


 二度目が放たれる前に距離を詰め、男の手首を捻った。金属棒が落ちた。


「離せ!」


 男の拳を腕で受け、肩から体を押し込んで足を払った。


「っ!」


 男が地面へ倒れた。その背へ膝を乗せる。


「動くな」


「……」


「何をしに来た」


 答えない。


「倉庫か」


 沈黙。


「五つ目か」


 男の目が、わずかに動いた。


「そうか」


「何がだ」


「名前は」


「……」


「所属」


「……」


 後ろから兵士が追いついた。


「連れていけ」


「待て!」


 男が初めて声を上げた。


「話すのか」


「俺は盗みに来たんじゃない」


「なら何だ」


 男は少し黙った。


「確かめに来ただけだ」


「何を」


「残ってるか」


「五つ目が?」


 答えない。


「黒い石か」


 また、ほんの少し目が動いた。


「連れていけ」


「はい」


 それ以上、男は何も言わなかった。


     ◇


「バレンティア様!」


 倉庫の方から声がした。


 さっき残した兵士。


「来てください!」


 走る。


 倉庫の扉は開いていた。


「何があった」


「中に誰か――」


「お前はここにいたはずだ」


「いました!」


 兵士の顔が青い。


「でも、裏で音がして、ほんの少し目を離したんです」


 バレンティアが倉庫へ入ると、木箱が開いていた。


「……」


「俺、離れてません」


「分かっている」


 箱へ近づく。


 五つ目はある。


「残ってる……」


 兵士が息を吐く。


 だが、バレンティアは動かなかった。


「どうしました?」


「向きが違う」


「え?」


「昼に見たときは、刻印が右だった」


 今は左にある。


「触られた?」


「そう見える」


「さっきの男が?」


「分からん」


「あの男を捕まえたのは、倉庫の裏だ」


 兵士が止まる。


「じゃあ」


 床には、薄い泥の足跡がいくつか残っていた。大きさが違う。


「……一人じゃない?」


 兵士が言った。


 バレンティアは答えなかった。


 夜番は二人しかいない。


 一人を倉庫の裏へ向かわせ、もう一人の目をほんの少し外へ向けさせる。


 それだけでいい。


「誰も入れるな」


「はい」


「捕らえた男も一人にするな」


「はい」


 バレンティアは開いた木箱を見る。


 何年も何も来なかった場所。だから、人が減った。


 守る者が減った。


 その隙間に。


 誰かがもう、入ってきていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。