部屋まで
騒ぎからそれほど経たないうちに、廊下からお兄ちゃんの声がした。ガンカレスさんが来たのは、そのすぐあとだった。
「アリナ!」
「いる!」
「怪我は?」
「ない!」
「気分は?」
「怖い!」
「……ちゃんと言うようになったな」
「今それ?」
「坊ちゃん」
アカポリスさんの声。
「妹さん元気だから、少し静かに」
「……はい」
「お兄ちゃん、怒られてる?」
「気のせい」
「全員静かにしろ」
ガンカレスさんの声に、廊下からいくつもの「はい」が重なった。
少しだけ安心した。
◇
「隣の部屋。聞こえるか」
「聞こえるよ」
セレスさんが答えた。
「止まった順番をもう一度」
「外側から三つ。一つずつ」
「戻った順番は?」
「同じ」
「他は?」
「聞こえる範囲では止まってない」
ガンカレスさんが黙った。
「何か分かった?」
お兄ちゃんが聞く。
「今考えている」
「はい」
しばらくして、廊下から兵士の声がした。
「点検口で見つかった器具についてです」
「現場には触るな。封鎖は?」
「済んでいます」
「どこに付いていた」
「第二隔離区画西側、西三の点検口です」
「西三?」
お兄ちゃんが聞き返した。
「外壁の設備点検口だ」
「アリナの部屋と近い?」
少し、間があった。
「壁を挟んで、ほぼ正面だ」
背中が冷えた。
「私の部屋?」
「ああ」
「偶然?」
お兄ちゃんが聞く。
「まだ決めない」
「でも、この部屋って最初から決まってたの?」
今度はオルティナさん。
「違う」
ガンカレスさんが答えた。
「一昨日、第二隔離区画へ移したあとで決めた」
「移送命令には?」
「区画までだ。部屋番号は載せていない」
静かになった。
「じゃあ」
お兄ちゃんの声が少し低くなる。
「あの黒髪の男が、アリナが奥へ移ったこと知ってたのは?」
「それだけなら説明はつく」
「なんで?」
「第二隔離区画への移送は、必要な関係部署へ通達される。必要があれば、正式に照会できる部署もある」
「じゃあ、区画までは知れる」
「ああ」
ガンカレスさんが続けた。
「だが、部屋番号は違う」
「西三の前まで来たってことは」
オルティナさんが言った。
「ここで決まった配置を知ってたか、外から調べたかってこと?」
「両方を調べる必要がある」
誰もすぐには喋らなかった。
「この部屋を知ってたのは?」
お兄ちゃんが聞く。
「私、ディント、当直責任者、準備をした職員二人。それとアリナ本人」
「配置表は?」
アカポリスさん。
「区画の内側にある。王宮には送っていない」
「……」
「坊ちゃん」
「分かってる」
お兄ちゃんが言った。
「今名前が出た人が犯人ってわけじゃない」
「ああ。知っていた者と、漏らした者が同じとも限らん」
ガンカレスさんが答えた。
「器具の形は?」
アカポリスさんが兵士に聞いた。
「小さい箱型です。固定具が二つ。印はありません」
「他には?」
「取り付け部に、黒い粉のようなものが」
廊下が静かになった。
「触ったか」
ガンカレスさん。
「いいえ」
「そのまま現場を保全しろ。回収したら第三倉庫へは入れるな。別に保管する」
「はい」
お兄ちゃんが黙っている。
「言わないの?」
オルティナさんが聞いた。
「何を」
「黒い石かもって」
「まだ分かんないから」
こんなときなのに、少し笑ってしまった。
◇
「アリナ」
ガンカレスさんが呼んだ。
「部屋を移す」
「また?」
「ああ」
「どこへ?」
「まだ決めない」
「私にも言わない?」
「決めるのを直前にする。知る人間も減らす」
「……嫌」
「ああ」
「でも移る」
「分かった」
「お兄ちゃんは?」
「知らなくていい」
「は?」
すぐ外から声が返った。
「なんで俺まで!」
「お前は顔に出る」
「出ない!」
「出るね」
アカポリスさん。
「出る」
オルティナさん。
「出る」
ディント。
「敵しかいない!」
「お兄ちゃん」
「何」
「私も出ると思う」
「アリナまで!?」
セレスさんが隣で笑っていた。
「隣の部屋も移す」
ガンカレスさんが続けた。
「私も?」
セレスさん。
「ああ。今回の侵入で、お前の位置も知られた可能性がある」
「そっか」
セレスさんは、それ以上何も聞かなかった。
◇
また荷物をまとめる。お菓子と本、それから服。
「アリナ」
「はい?」
「怖い?」
「怖いです」
一度、荷物を見る。
「でも、行けます」
「そっか」
「セレスさんは?」
「怖いし、面倒」
「二つある」
「正直でしょ」
「正直ですね」
少し笑った。
でも、頭から離れない。
第二隔離区画へ移されたことなら、知る方法はあった。
この部屋は違う。一昨日、ここへ来てから決まった。
なのに誰かは、外からこの部屋のほぼ正面まで来た。
「セレスさん」
「うん?」
「これ」
壁を見る。
「見つかったんじゃなくて」
言ってから嫌になった。
「……部屋まで、知られてたのかな」
少し間があった。
「かもしれないね」
怖い。
昨日までより、ずっと。
家に帰りたくなった。




