まだ出してない
黒髪の男が消えたあと、誰もすぐには動かなかった。
「あいつ」
俺が言う。
「なんで戻ってきたんだろ」
「分かんない」
オルティナが答えた。
「でも」
一度、監理院を見る。
「アリナが移ったことは知ってた」
「ああ」
ガンカレスが短く答える。
「袖のも」
オルティナが言った。
「黒かった」
「それ以上はまだ分からん」
「分かってる」
袖の黒いものが何なのか、誰からアリナの移送を聞いたのか。分からないことばかりだった。
「戻るぞ」
ガンカレスが監理院へ向く。
そのとき。
「ガンカレス管理官!」
門の中から兵士が走ってきた。
「何だ」
「軍保管区からです」
兵士が息を整える。
「急ぎで」
「言え」
「先ほど、魔法装置の担当者を名乗る男が来たそうです」
「……担当?」
ガンカレスの顔が変わった。
「どこの所属だ」
「王宮設備局と」
「名前」
「ゴラグレス」
「知らん」
「登録確認は?」
「いま照会中です」
「何をしに来た」
兵士が言葉を詰まらせた。
「回収です」
「何の」
「魔獣から摘出した」
一度、こちらを見る。
「異物を」
「……何?」
「魔獣の身体から出たやつ?」
「はい」
「黒い――」
「坊ちゃん」
アカポリス。
「あ」
口を閉じる。
「渡したのか」
ガンカレスが聞いた。
「いいえ」
兵士が答える。
「管理官から、第三倉庫とは別に保管し、許可なく動かすなと指示が出ていましたので」
「ああ」
「担当兵が止めました」
「男は?」
「許可書を取りに戻ると言って、そのまま」
「いつだ」
「四半刻も経っていません」
俺は顔を上げた。
さっきまで、俺たちは監理院の前で黒髪の男と話していた。
「……同じくらい?」
兵士が頷く。
「はい」
アカポリスを見る。
「黒髪の男がここにいた頃」
一度、言葉を止める。
「保管区にも、男が来てた」
「そこまではそうだね」
「……うん」
同じ男か、別の男か。そこはまだ分からなかった。
「行くぞ」
ガンカレスが歩き出した。
「保管区?」
「ああ」
◇
軍の保管区へ着くと、入口の兵士がすぐに近づいてきた。
「管理官」
「異物は」
「あります」
「封は」
「そのままです」
「男は中へ入ったか」
「入れていません」
ガンカレスが頷く。
「案内しろ」
◇
異物は、第三倉庫とは別の小さな保管室に置かれていた。
金属の箱には鍵が二つ。中には、さらに小さな容器があった。
「触られてない?」
俺が聞く。
「確認しています」
兵士が答えた。
「封も変わっていません」
「よかった……」
ガンカレスは容器から目を離さない。
「男は何と言った」
「王宮設備局から、魔法装置由来と思われる回収物を引き取るよう命じられたと」
「命令書は」
「こちらです」
兵士が差し出した一枚の紙を、ガンカレスが受け取った。
「本物?」
「今見る」
紙には王宮設備局の名があり、印も押されていた。
「印あるじゃん」
「だから何だ」
「……本物とは限らない」
「そういうことだ」
ガンカレスは紙を読み進め、途中で手を止めた。
「何?」
「回収対象」
ガンカレスが机に紙を置き、一文を指さした。
生体より摘出された小型異物。
「……これ」
「ああ」
「魔獣から出たって書いてある」
「ああ」
「設備局に報告してたの?」
「していない」
顔を上げる。
「じゃあ、なんで」
「待て」
ガンカレスが紙を取り直す。
「保管区から出した報告は?」
兵士へ聞く。
「侵入と捕獲については通常報告を。異物については内部速報へ追加しています」
「王宮設備局には」
「直接は出していません」
「内部速報は誰が見られる」
「関係部署から照会があれば、内容によっては確認できます。ただ」
兵士が命令書を見る。
「設備局からの照会は受けていません」
「そうか」
俺は紙を見る。
「じゃあ、誰かがこれが出たことを知ってた」
ガンカレスが頷いた。
「ああ」
「でも、どこから知ったかは」
「まだ分からん」
「……うん」
アリナの移送を知る男と、異物を回収しようとした男。二つの動きが繋がっているかは、まだ分からない。
◇
「魔獣も確認する」
ガンカレスが言った。
保管室を出て、少し離れた仮設の檻へ向かう。中では魔獣が横になっていた。
「生きてる」
「ああ」
近くの兵士が答える。
「餌も食べています」
「かなり?」
「かなり」
「じゃあ元気?」
「傷がありますので、元気とは言いません」
「……はい」
オルティナが小さく笑った。
魔獣が目を開け、俺たちを見た。警戒はしているが、暴れない。
第三倉庫へ向かおうともしなかった。
「変わってない?」
「摘出後は大きな変化はありません」
兵士が答えた。
「分かった」
ガンカレスはそれだけ確認して、檻を離れた。
◇
事務室へ戻ったところで、伝令が入ってきた。
「確認が取れました」
「言え」
「王宮設備局に」
一度、紙を見る。
「ゴラグレスという者は在籍していません」
「過去は」
「現在確認できる名簿にもありません」
「命令書は」
「設備局は発行していないとのことです」
机の上の紙を見る。
「偽物?」
俺が聞く。
「少なくとも」
ガンカレスが答える。
「設備局が出したものではない」
「ゴラグレスって名前も?」
「それは分からん」
「あ」
「在籍していない。それだけだ」
「……うん」
「でも」
オルティナが保管室の方を見る。
「取りに来たのは本当」
「ああ」
ガンカレスが答えた。
「魔獣から出たものを」
「まだ正式報告にも出してないのに」
俺が言う。
「ああ」
設備局が出していない命令書なのに、回収対象は合っていた。
「俺たちが見つけて」
一度、止まる。
「そんなに経ってないよね」
「ああ」
ガンカレスが答える。
黒髪の男が戻ってきた理由は分からない。回収を名乗った男と繋がっているのかも、まだ分からない。
ただ。
俺たちが黒髪の男と向き合っていた頃。
保管区にも、異物を取りに来た男がいた。




