三つの鍵
私は壁に向かって起き上がった。
「出られるんですか?」
「たぶん。やったことないから」
「じゃあ分からないじゃないですか」
「そうとも言う」
「でも」
私は扉を見る。
「鍵が三つ。廊下には兵士。壁にも魔法装置があります」
「あるね」
「それでも?」
「たぶん」
「どうやって?」
「壊す」
「……全部?」
「邪魔なら」
声は変わらない。
夕飯の話をしていたときと、同じ。
「兵士の人は?」
そこで少しだけ間があった。
「それは困るね」
「困る?」
「人だから」
よく分からない。
「あなた」
言葉を止める。
「判定値、いくつですか?」
向こうが静かになった。
「聞いてない?」
「何を?」
「私の」
「はい」
「そっか」
少し、困ったみたいに笑った。
「S」
聞き間違いかと思った。
「危険度、S?」
「そう」
「……本当に?」
「たぶん」
「そこもたぶんなの!?」
「判定したのは私じゃないから」
「そういう意味?」
「そういう意味」
毛布を握る。
S。
一番上。
それがどういう意味かくらいは私でも知っている。
国家規模の危険。
単独で大きな被害を起こす可能性。
「……」
「怖くなった?」
隣の人が聞いた。
「ちょっと」
「そっか」
「怒らないんですか?」
「何を?」
「怖いって言われて」
「本当のことでしょ」
「でも」
「私」
少し間があった。
「怖いよ」
「自分で言うんですか」
「言うよ」
「Sだから?」
「それもある」
「それも?」
「怒ったときとか」
「普通の人も怖いですよ」
「私の場合は」
少し、笑った。
「ちょっと被害が大きい」
「ちょっと?」
「かなり?」
「聞かれても」
「じゃあかなり」
軽い。
でも、嘘をついているようには聞こえなかった。
◇
「じゃあ」
私はベッドの上で膝を抱えた。
「本当に出られるんですか?」
「まだそこ?」
「気になります。暴れたら、ここを出られるんですよね?」
「たぶんね」
「じゃあ、なんで?」
今度は、すぐに答えが返ってきた。
「外に人がいるから」
「……」
それだけだった。
難しい話は何もなかった。
「兵士の人?」
「兵士も」
「ほかには?」
「監理院の人。外を歩いてる人。近くに住んでる人」
少し間が空く。
「私がここから無理に出ようとしたら」
声は静かだった。
「たぶん、誰かが巻き込まれる」
「でも」
「うん?」
「ここにいたくないんですよね」
「嫌だよ」
即答だった。
「帰りたい?」
「帰りたい」
「じゃあ」
分からなくなる。
「我慢してるんですか?」
「そうなるのかな」
「嫌じゃないんですか、この拘束」
「嫌だよ」
「じゃあ、国が嫌い?」
「それは別」
すぐに返ってきた。
「私が怖いのは事実だから。ここに入れられた理由まで、全部おかしいとは思ってない」
「でも、納得はしてない?」
「してないところもあるよ。怒ってることだってある」
「難しいですね」
「うん」
少し、間があった。
「嫌なものを全部、嫌いってことにすると楽なんだけどね」
声は穏やかだった。
「それやると、たぶん間違えるから」
お兄ちゃんの顔が浮かんだ。
王様も、ディントも、監理院の人たちも。
嫌だったことは、今もある。
でも、それだけじゃなかった。
「……分かる気がします」
「そう?」
「少しだけ」
「少しでいいよ」
それ以上、隣の人は何も言わなかった。
◇
「名前」
私が言った。
「うん?」
「そういえば、私も聞いてない」
「本当だ」
「アリナです」
「知ってる」
「なんで?」
「さっき呼ばれてたから」
「ああ」
「お兄ちゃんに」
「聞こえてたんですね」
「かなり」
「恥ずかしい」
「仲いいね」
「普通です」
「そういうことにしとく」
向こうで笑った。
「私は」
少し、間が空く。
「セレス」
「セレスさん」
「さん、いらないよ」
「年上ですよね?」
「たぶん」
「またそれ」
「秘密だから」
「じゃあセレスさん」
「強情だね」
「よく言われます」
「お兄ちゃんに?」
「……はい」
「やっぱり仲いい」
「もういいです」
二人で少し笑った。
S級。
出ようと思えば出られるかもしれない人が、外にいる人のために留まっている。
「セレスさん」
「うん?」
「私」
一度、毛布を握る。
「帰りたいです」
「うん」
「でも」
左耳の後ろ。
見えない傷を思い出す。
「私のせいで誰かが危ないなら」
言葉が止まる。
「どうしたらいいんだろう」
隣からすぐには答えが来なかった。
少し待って。
「それ」
セレスさんが言った。
「一人で決めなくていいんじゃない?」
「……どうして?」
「だって」
声が少しだけ笑った。
「あなたには、すごくうるさいお兄ちゃんがいるんでしょ」
「……」
「聞こえてたから」
「やっぱり恥ずかしい」
「頼ればいいよ」
「でも」
「怖いなら、怖いって言って」
少し、静かになる。
「帰りたいなら」
続いた。
「帰りたいって言えばいい」
私は壁を見る。
「それでいいんですか?」
「いいんじゃない?」
「適当」
「よく言われる」
少しだけ安心した。
「おやすみ、アリナ」
「おやすみなさい」
一度、目を閉じる。
その向こう。
壁一枚。
国が一番危険だと決めた人がいる。
でも今夜、私が少し眠れそうなのは、その人が隣にいるからだった。




