奥の人
検査はそのあとも続き、背中や脚も調べた。
「他に異物は確認できません」
検査官の言葉を聞いて、ようやく息を吐いた。ガンカレスが記録を閉じる。
「異物はない」
「耳の後ろ以外の傷は?」
「特に問題になるものはない」
「じゃあ」
息を吐く。
「今刺さってるものはない」
「ああ」
よかった。そこだけは本当によかった。
「ただし」
「その言い方嫌い」
「知らん」
ガンカレスが左耳後部の記録を見る。
「この傷は別だ」
「分かってる」
「調べる」
「ああ」
アリナが髪を下ろした。左耳の後ろ。小さな跡はもう見えない。
「じゃあ終わり?」
アリナが聞く。
「検査はな」
ディントが答えた。アリナの顔から少しだけ笑いが消えた。
「移るんだ」
「ああ」
「今から?」
「今からだ」
忘れていたわけじゃない。でも、検査の間だけ考えないようにしていた。第二隔離区画。今より警備の強い場所。
「荷物は?」
「すでに運ばせている」
ディントが言う。
「勝手に?」
「必要なものだけだ」
「お菓子は?」
「……」
「ディント?」
「入っている」
「ならいい」
「そこ大事なの?」
俺が聞く。
「大事でしょ」
「そうなんだ」
「お兄ちゃんが持ってきたやつもあるよ」
「それは大事だな」
「急に変わった」
◇
第二隔離区画は同じ監理院の中にあった。でも、遠い。一度、地上階へ戻る。奥の廊下。
さらに階段を下りる。
「また地下?」
俺が言う。
「好きだね、地下」
オルティナが笑った。
「だから俺の意思じゃないって」
「静かにしろ」
前からガンカレス。
「今日何回目?」
「数えていない」
「私は七回」
「数えてたの?」
「暇だったから」
「妹と同じこと言ってる」
「仲良くなれそう」
「やめて」
「なんで?」
「なんとなく」
アリナが笑った。少しだけ安心する。階段の下。鉄の扉。
兵士が二人。その前に立っていた。
「ここから?」
俺が聞く。
「第二隔離区画だ」
ガンカレスが答える。兵士が鍵を開ける。一つ。二つ。
三つ。
「多くない?」
「多い」
「なんで」
「開けにくくするためだ」
「見れば分かるよ」
扉が開く。その先にも廊下。窓はない。壁には細い金属板が一定の間隔で埋め込まれている。
「魔法装置?」
オルティナが壁を見る。
「ああ」
「抑制?」
「警戒と検知が主だ」
ガンカレスが答える。
「抑えるものもある」
「ここ」
俺がアリナを見る。
「危ない人を入れる場所?」
「違う」
ガンカレスがすぐに答えた。
「違う?」
「第二隔離区画は」
一度、廊下を見る。
「外からも、中からも、出入りを制限しやすい」
「外からも?」
「ああ」
少し、意味が分かった。
「アリナを」
言葉を選ぶ。
「閉じ込めるためだけじゃない?」
「今回の移送理由はな」
「守るため」
ディントが言った。また。その言葉。
「……便利だな」
「まだ言うか」
「まだ思ってるから」
「そうか」
ディントは怒らなかった。
「でも」
俺は鉄の扉を見る。
「前よりは分かる」
ディントが少しだけこっちを見る。
「少しだけ?」
「かなり少し」
「十分だ」
それだけ言って先へ進んだ。
◇
「ここまでだ」
二つ目の扉の前でディントが言った。
「何が」
「お前たちは入れない」
「俺も?」
「特にお前」
「なんで」
「面会停止中だからだ」
「忘れてた」
「忘れるな」
「ちょっとだけ」
「駄目だ」
「五分」
「駄目」
「三分」
「値切るものじゃない」
「お兄ちゃん」
アリナ。
「大丈夫だよ」
「その言葉禁止」
「あ」
「自分で言っただろ」
「そうだった」
考える。
「じゃあ」
アリナが言い直す。
「怖いけど、行ける」
「……」
それなら信じられる。
「うん」
「ちゃんと来てね」
「面会できるようになったらな」
「約束」
「ああ」
アリナが小指を出しかけて。やめた。
「子どもっぽい?」
「今さら?」
「じゃあやめる」
「そこはやれよ」
「どっちなの」
結局。小指を出した。俺も指を絡める。
「絶対ね」
「ああ」
「夕飯」
「何」
「帰ったら」
一度、笑う。
「何か作って」
「お前が作るんじゃないの?」
「今まで閉じ込められてた人に作らせるの?」
「急に強くなったな」
「当然です」
「分かったよ」
「何?」
「考えとく」
「そこは作るって言って」
「作る」
「よし」
指が離れる。
「行くぞ」
ディントが言った。
「うん」
アリナが扉の向こうへ入る。ディントも一緒に続いた。
「絶対一人にするなよ」
「しない」
「聞こえてるからな」
「早く閉めろ」
扉が少しずつ閉まる。その隙間からアリナが最後までこっちを見ていた。
「またね」
「ああ」
鉄の扉が閉じた。
◇
「……帰ろう」
オルティナが言った。
「うん」
そう答えたけど。足がすぐには動かなかった。扉。厚い。
「この奥」
俺が聞く。
「アリナだけ?」
「違う」
ガンカレス。
「何人かいる」
「魔女?」
「ああ」
「危険度は?」
「聞いてどうする」
「気になる」
「聞いたら余計気になるよ」
オルティナが言う。
「それでも気になる」
「そういう人だったね」
そのとき、扉の向こうから音がした。小さい。声。
「新しい子?」
俺たちが一斉に扉を見る。女の声だった。若い。たぶん、アリナの声が少し遠くから返る。
「……はい」
「そっか」
知らない女が普通に答えた。
「怖い?」
間があった。
「ちょっと」
アリナ。
「そっか」
また。同じ返事。それから。
「私も」
女が言った。
「最初は怖かったよ」
声は穏やかだった。怖い人には聞こえなかった。
「誰?」
俺がガンカレスを見る。
「収容者だ」
「それは分かる」
「ならいいだろう」
「よくない」
「帰るぞ」
「ガンカレスさん」
「何だ」
「あの人」
一度、扉を見る。
「危険度、何?」
ガンカレスが止まった。黙る。
「Sだ」
「……え?」
オルティナの顔から笑いが消えた。
「今」
俺は扉を見る。向こうからもう声はしない。
「Sって言った?」
「ああ」
ガンカレスは何でもないことみたいに眼鏡を直した。
「この国で」
一度、扉を見る。
「正式にSと判定されている魔女だ」




