刺さっていた
魔獣はまだ西を向いていた。鎖を引く。
「とりあえず」
ディントが言った。
「傷の手当てが先じゃないか」
「ディントが斬ったもんね」
オルティナが言う。
「お前も水をぶつけただろ」
「俺も刺した」
「坊ちゃんは足もかけたね」
「なんで俺だけ増やすの」
「静かにしろ」
ガンカレスに、全員で「はい」と答えた。
◇
魔獣をその場から少しだけ移した。第三倉庫が直接見えない場所。それでも魔獣はそちらを探さなかった。西。
ずっと。そっちを見ている。
「左前脚」
ガンカレスが言う。
「洗え」
「はい」
兵士が水を持ってくる。土が流れ、傷の輪郭が見えてくる。ディントの剣、俺の刃、アカポリスの矢。それから、オルティナの水撃。傷は分かりやすかった。
「思ったより浅いね」
オルティナが言う。
「皮が硬いからな」
ディントが答える。
「誰かさんは硬いって叫んでたけど」
「本当に硬かったんだよ」
「聞こえてた」
「なら知ってるだろ」
アカポリスが魔獣の周りを歩く。脚。腹。背中。
「何見てるの?」
「他に傷がないか」
「俺たちがつけた?」
「それ以外」
少し、離れる。また近づく。
「坊ちゃん」
「何」
「こっち来て」
「なんで」
「いいから」
魔獣の頭側。近づく。低く。唸られた。
「怒ってるけど」
「さっきよりまし」
「基準がおかしい」
「耳」
「耳?」
左。大きな耳。その後ろ。灰色の毛が少し固まっている。
「傷?」
「新しくはないね」
アカポリスが指先を近づける。触らない。
「戦ったとき?」
「ここは誰も攻撃してない」
ディントも近づいた。
「俺は斬ってない」
「私も撃ってない」
「俺も」
「魔法は?」
オルティナが首を振る。
「耳には当ててない」
ガンカレスが来た。
「退け」
「はい」
場所を空ける。毛を細い器具で分ける。皮膚。そこに小さな傷があった。
「刺し傷?」
俺が聞く。
「そう見える」
ガンカレスが答える。
「いつの?」
「時期までは分からん」
「今日できた傷?」
「それもまだ言えん」
ガンカレスが傷の周りを見る。そこで手が止まった。
「何?」
「光を」
兵士が灯りを近づける。毛の奥。皮膚のすぐ下。何かが見えた。
黒い。小さい。
「……何か入ってる」
ディントが言った。
「触るな」
ガンカレスがすぐに止める。細い器具をもう一本。
「押さえろ」
「誰を?」
「魔獣だ」
「ですよね」
兵士たちが鎖を持つ。魔獣が嫌がる。頭を振る。
「ちょっと待って」
オルティナが杖を持つ。
「少しだけ押さえる」
水が地面を走り、魔獣の首元へ巻きつく。頭が少しだけ固定された。
「今」
ガンカレスが器具を差し入れる。魔獣が吠えた。
「うわっ!」
「動くな!」
「俺に言ってる?」
「全員だ!」
器具の先が何かを挟む。そして。
「取れた」
ガンカレスの器具の先に、小さな金属片。いや。
金属の輪みたいなもの。指先より小さい。その中心に黒い粒が埋まっていた。
「……黒」
オルティナが言う。誰も続けなかった。ガンカレスが布の上へ置く。
「これ」
俺は第三倉庫を見る。その中に黒い石の残った破片がある。そして、今。魔獣の身体からも黒いものが出てきた。
「同じ石?」
「照合していない」
ガンカレスが答える。アカポリスが金属片を見た。
「自然に生えるものじゃないね」
「それはそうだろ」
「誰かが入れた?」
ディントが聞く。ガンカレスはすぐには答えなかった。
「少なくとも」
魔獣を見る。
「身体の中に、これがあった」
「それだけ?」
「今確実なのはな」
魔獣が頭を振った。一度、二度。傷のあった耳の後ろを後ろ脚で掻こうとする。鎖が邪魔で届かない。
「嫌だったのかな」
オルティナが言う。
「そう見えるが、今は様子を見る」
でも、魔獣の様子は少し変わった。呼吸がゆっくりになる。低い唸りも止まった。西を見る。
そして、地面に身体を伏せた。
「……落ち着いた?」
俺が言う。アカポリスが少しだけ近づく。
「そう見えるね」
ガンカレスは布の上の金属片を見る。
「これを保管する」
「第三倉庫?」
「別だ」
「なんで」
「同じ場所に置く理由がない」
「ああ」
確かに。
「それと」
ガンカレスが兵士を見る。
「こいつを殺すな」
「え?」
兵士が聞き返した。
「魔獣ですよ」
「知っている」
「保管区へ侵入して、怪我人も」
「いる」
「なら」
「だから生かす」
ガンカレスは魔獣を見る。
「こいつ自身が」
一度、布の上の小さな黒い粒へ目を落とす。
「まだ証拠だ」
兵士は少し迷ってから、
「分かりました」
と答えた。
「……証拠じゃなくなったら?」
オルティナが聞いた。
「何がだ」
「この子。調べ終わったら、どうなるの」
「今は決められん」
「私は、帰れるなら帰してあげたい」
「私も、不必要に拘束しようとは思わん」
「帰せるなら帰す。だが、危険なら責任を持って管理する」
「……そっか」
ガンカレスが魔獣の左前脚を見る。
「その前に、傷の手当てを終わらせろ」
「うん」
◇
「ガンカレスさん」
「何だ」
「さっきの」
布の上にある、魔獣の身体から出てきたもの。
「もし」
言葉を止める。
「もしあれが」
「仮定なら短くしろ」
「分かった」
言い直す。
「誰かが入れたものなら」
「ああ」
「こいつ」
西を向く魔獣を見る。
「自分でここへ来たんじゃないのかもね」
ガンカレスは答えず、金属片を見た。
第三倉庫の黒い石と、魔獣の身体から出てきた黒い粒。まだ同じものだとは言えない。
ただ、来ないはずの場所まで走ってきた魔獣の身体に、俺たちの知らないものが刺さっていた。




