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帰るほう

 第三倉庫の扉が閉まった。重い音。鉄の留め具が一つ。二つ。


 かかる。魔獣はまだ扉を見ていた。前脚を伸ばす。鎖が鳴る。


「まだ駄目?」


 オルティナが言った。


「変化するかどうか見る」


 ガンカレスは魔獣から目を離さない。


 少し、待った。魔獣の呼吸が荒い。鼻から白い息が出る。一度、前脚が石畳を掻いた。


 もう一度。でも、三度目はなかった。


「……あれ」


 俺が言う。魔獣の頭が少し下がった。第三倉庫を見ていない。


「止まった?」


「まだだ」


 ガンカレスが言う。魔獣が瞬きをした。一度、二度。それから、初めて。


 近くにいた兵士を見た。


「うわっ」


 兵士が一歩下がる。魔獣も身体を引いた。


「……え?」


 今度は、俺を見る。ディント。オルティナ。アカポリス。


 周りの兵士たち。一人ずつ。確かめるみたいに目を動かす。


「さっきまで」


 オルティナが言った。


「私たちなんて、見てなかったのに」


「ああ」


 ディントが剣から手を離さず答える。魔獣が低く唸った。兵士たちが槍を構える。


「待て」


 ガンカレスが止めた。


「でも」


「まだ襲っていない」


「さっきは襲いました!」


「進路にいただけだ」


 兵士が何も言えなくなる。俺も魔獣を見る。今はさっきと違う。目の前に人がいることをちゃんと分かっている。


 警戒している。たぶん、怖がってもいる。


「普通の魔獣って」


 俺が聞く。


「こんな感じ?」


「近いね」


 アカポリスが言った。


「人を見れば警戒する」


「襲うことも?」


「ある」


「じゃあ危ないじゃん」


「危ないよ」


「さらっと言うなよ」


「でも」


 アカポリスが第三倉庫を見る。


「さっきよりは、ずっと普通」


 魔獣がまた動いた。


「来る!」


 兵士が槍を上げる。


「違う」


 今度は、アカポリスが言った。魔獣は第三倉庫へ向かわなかった。身体を反対へ向ける。鎖が張る。


「……どこ行くの?」


 オルティナがその先を見る。保管区の門。さらにその向こう。


「西」


 ディントが言った。


「何?」


「あっちは西だ」


 俺も見る。王都の外。もっと先。山。


「こいつがいた場所?」


 オルティナが聞く。


「種類が合ってるならね」


 アカポリスが答えた。魔獣がもう一度、西へ進もうとする。


 でも、鎖がある。止められる。唸る。今度は、第三倉庫を一度も見なかった。


「……帰ろうとしてる?」


 口から出た。誰もすぐには答えなかった。魔獣は西を見ている。さっきまで脚を傷つけても鎖で縛っても第三倉庫へ行こうとしていた。


 それが今は反対を向いている。


「箱を戻したから?」


 オルティナが聞く。


「可能性はある」


「でも、石は倉庫の中にあるよね。来たときは外からでも分かったのに」


「ああ」


 魔獣は一度も第三倉庫を見ない。


「今は、なんで追わないの?」


「……そこも確認する」


「今?」


「今はしない」


 黒い石はまだ倉庫の中にある。その条件は変わっていない。なのに、魔獣は追わなくなった。


     ◇


「怪我を見る」


 ガンカレスが言った。


「魔獣の?」


「ああ」


「近づくの?」


「誰かがな」


 全員。黙った。


「ガンカレスさんは?」


「私は管理官だ」


「便利な言葉だな」


「坊ちゃん」


 アカポリスが肩を叩く。


「頑張って」


「なんで俺?」


「一番近くで戦ったから」


「それ理由になってる?」


「なら私も行くよ」


「最初からそう言って」


 二人でゆっくり近づく。魔獣が唸る。


「ほら怒ってる」


「そりゃね」


「戻ろうか」


「もう少し」


「アカポリス?」


「足」


 見る。傷ついた左前脚。ディント。俺。


 矢。戦ったときにつけた傷。それ以外にも足の裏。赤くなっている。


「これ」


「走りすぎだね」


「分かる?」


「皮が剥けてる」


 別の脚も同じ。爪の間には土。小さな葉。


「ずっと走ってきた?」


「少なくとも」


 アカポリスが魔獣の脚を見る。


「近所から来た足じゃない」


「山から?」


「そこまではまだ」


「言わない?」


「言わない」


「ガンカレスさんみたいになってきたね」


「嫌だねえ」


「聞こえている」


 少し離れたところからガンカレスの声。


「聞こえるように言った」


「やめろ」


 魔獣がまた西を見る。


「ガンカレスさん」


「何だ」


「こいつ、ここに来たかったわけじゃないのかな」


 ガンカレスは黙った。


「それも」


「分からない?」


「ああ」


 やっぱり。そう言った。でも、続きがあった。


「ただ」


 西を向く魔獣を見る。


「今は」


 言葉を切る。


「帰りたがっているようには見える」


 魔獣がまた鎖を引いた。今度は第三倉庫ではなく、西へ。


 俺はその先を見る。こいつは何かに引かれてここまで来た。そして、それを追わなくなった途端――。


 帰ろうとしている。黒い石はまだここにある。なのに。


「何が」


 口に出す。


「こいつを、ここまで連れてきたんだ」


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