ひとつだけ
第三倉庫の前で、ガンカレスが兵士たちに指示を飛ばした。
「鎖を追加しろ。倉庫から十五歩離す。扉は半分だけ開けろ」
「開けた瞬間、また走ったら?」
オルティナが聞く。
「走らせるな」
「簡単に言うね」
「簡単とは言っていない」
兵士たちが魔獣を倉庫から離し、鎖を増やしていく。
◇
魔獣の脚にさらに二本。太い鎖が巻かれた。首にも一本。全部。
地面へ打ち込んだ金具に繋ぐ。それでも魔獣は第三倉庫から目を離さなかった。
「開けます!」
兵士が扉へ手をかける。重い音。石と鉄が擦れる。隙間が少しずつ広がった。
その瞬間。魔獣が立ち上がった。
「来る!」
鎖が張る。金具が鳴った。
「押さえろ!」
兵士たちが一斉に鎖を引く。魔獣は俺たちを見ない。やっぱり。倉庫だけを見ている。
「中に何がある」
ディントが言った。
「北から送られた回収物だ」
ガンカレスが答える。
「事件関係のものは他にもあるが」
一度、倉庫の中を見る。
「まず、未知装置の四点を出す」
「全部?」
「ああ」
「一度に?」
「一つずつだ」
◇
最初の箱。小さい。二人の兵士が運んでくる。魔獣は動かない。
「反応なし?」
「今のところはな」
ガンカレスが言う。箱を魔獣の右側へ置く。首は第三倉庫のまま。
「次」
二つ目。今度は、細長い木箱。出てくる。魔獣の耳が少し動いた。
「今」
「音かもしれない」
アカポリスが言う。箱を反対側へ置く。魔獣はそっちを見なかった。
「違うね」
「次」
三つ目。兵士が持ってくる。黒ずんだ箱。
「焼けてる?」
「事件現場で回収されたものだからな」
ガンカレスが言う。魔獣はまだ倉庫を見ている。
「これも違う?」
「あと一つだ」
四つ目。倉庫の中から兵士が出てきた。両手に小さな箱を持っている。その瞬間。
魔獣が吠えた。
「うわっ!」
鎖が一気に張った。
「押さえろ!」
地面の金具が軋む。兵士が箱を落としかける。
「止まれ!」
ガンカレスが言った。
「そのまま動くな!」
兵士の足が止まる。魔獣は箱を見ている。初めて。はっきり。
「……これだ」
ディントが言った。
「まだだ」
ガンカレスが兵士を見る。
「右へ動かせ」
「え?」
「ゆっくりだ」
兵士が一歩、右へ動く。魔獣の頭も動いた。
もう一歩。同じように右へ向く。
「左」
今度は、兵士が戻る。魔獣も戻った。
「……追ってる」
オルティナが呟いた。
「箱を置け」
地面へゆっくり置く。魔獣は第三倉庫を見なくなった。
箱だけを見ていた。
「開けるぞ」
「大丈夫?」
「離れろ」
俺たちは少し下がる。ガンカレスが箱の留め具を外した。蓋を開く。中。
布。その上に黒く焼けた金属片があった。
「あ」
声が出た。中央。小さい。黒い石。
「北の装置……」
オルティナが言う。
「四点の一つだ」
ガンカレスはまだ触らない。
「刻印は?」
「待て」
布の端を器具で少しだけ動かす。金属片の裏側。そこに小さな文字があった。短い記号。
数字。もう一つの記号。
「……これ」
見覚えがある。
「同じ?」
オルティナが聞く。
「番号は違う」
ディントが言った。
「でも」
俺も分かった。
「並び方は同じだ」
アリナの原票にある未登録器具の番号とは違う。それでも、付け方はよく似ていた。
「ガンカレスさん」
「何だ」
「これ」
魔獣を見る。鎖を引いている。前脚で何度も地面を掻いている。
「あいつ」
言葉を選ぶ。
「壊しに来たのかな」
「目的までは読めん」
ガンカレスが黒い石を見る。
「壊したいのか、近づきたいだけなのか」
「でも」
「ああ」
初めて。ガンカレスがはっきり頷いた。
「一つは分かった」
箱を閉じない。魔獣からも目を逸らさない。
「こいつは」
黒い石の残る破片を指した。
「これに反応している」
そのとき、魔獣がもう一度大きく吠えた。
鎖が鳴る。地面の金具が一つ。浮いた。
「ガンカレス!」
「箱を戻せ!」
兵士が慌てて蓋を閉じる。
「倉庫へ!」
持ち上げる。その瞬間。魔獣の頭も箱を追った。右。
左。倉庫へ運ばれていく間も、ずっと同じものだけを見ている。
箱が第三倉庫へ戻っていく。魔獣の目は、扉の中へ消えるまでそれを追った。
「少なくとも」
ガンカレスが言った。
「ここへ来た理由を」
閉じていく扉を見る。
「ただ迷い込んだ、では済ませられなくなった」




