足癖
「第三倉庫に入れさせるな!」
ガンカレスの声が飛んだ。兵士たちが動く。
「扉を閉めろ!」
「もう閉まってます!」
「前を空けろ!」
魔獣が第三倉庫へ向かって走る。迷っていない。あの扉の向こうに何があるのか、知っているみたいに。
「ディント!」
「分かってる!」
先に出た。剣を両手で構える。魔獣が迫る。ディントはぎりぎりまで動かなかった。
三歩。
二歩。
一歩。
角が来る。身体を横へずらし、同時に剣を振る。首じゃない。
前脚。刃が入った。浅い。でも、魔獣の身体が少し傾く。
俺も走る。
「ライク、下がれ!」
「もう遅い!」
魔獣の横。短い刃じゃ。背中は無理だ。硬い突起。
毛の下もたぶん厚い。なら脚。ディントが切った方。踏み込む。
刃を突き刺すが、浅い。
「硬っ」
魔獣がこっちを見る。初めて。目が合った。頭が振られる。
角。後ろへ逃げたら。たぶん間に合わない。前。
角の内側へ入り、短い刃の柄を魔獣の顎へ叩き込む。効いたかどうかは分からない。
でも頭が上がった。その瞬間、矢が飛び、前脚の関節の内側へ刺さる。魔獣が大きく身体を揺らした。
「そこ柔らかい!」
アカポリスが叫ぶ。
「じゃあ、そこ借りるよ!」
オルティナが杖を向けた。水が集まる。細く。さらに細く。
一本に絞られる。次の瞬間、前脚の関節、その内側へ。
水が突き刺さった。魔獣が大きく吠える。
「入った!」
ディントがそこへ踏み込む。同じ前脚。剣を振る。今度は、深い。
脚が大きく沈んだ。それでも止まらない。第三倉庫へ、前へ前へと進む。
オルティナがもう一度、杖を振る。
水が石畳を走り、傷ついた前脚へ一気に巻きつく。脚が引かれる。
巨体が一瞬だけ止まった。でも、すぐに水を引きずったまま動き出す。
「うわ、重っ!」
「止められる?」
「一瞬なら!」
十分だ。俺は走った。魔獣は足を引きずりながら、それでも第三倉庫へ向かう。
「なんでそこまで」
口から出る。こいつは俺たちを襲いたいわけじゃない。逃げたいわけでもない。ただ、あそこへ行きたい。魔獣の肩が俺へぶつかった。
「っ!」
受けきれない。身体が浮く。倒れる。その前に角を掴んだ。
「ライク!」
オルティナの声が飛ぶ。
「大丈夫!」
「聞いてない!」
引っ張られる。足が石畳を滑る。離したら。脚の下に入る。
横へ行きたい。でも、今は無理だ。
「坊ちゃん!」
アカポリスの声。
「左!」
見る。左前脚。さっきから傷ついている。体重をかけるたび。
少し沈む。
「そこか」
角から手を離し、横へ一歩。
魔獣の脚の外へ出る。
「ライク、何する気だ!」
ディントの声。
「脚、止める!」
「剣は!?」
「今は足!」
傷ついた左前脚が、もう一度前へ出て地面につく。
その瞬間、脚の外側へ自分の足を掛けた。止める。
脚だけでも、身体は止まらない。同時に、肩からぶつかった。
「っ!」
重い。当然だ。俺より何倍もある。でも、前脚はもう傷ついている。
そこへ、走っている身体も、前へ行こうとする力も全部、同じ方向に使う。
「倒れろ!」
魔獣の脚がもつれた。巨体が傾く。
「今だ!」
ディントが横から入った。剣の腹を角の根元へ叩きつける。頭がさらに下がる。
「そのまま!」
オルティナが杖を引く。水が傾いた身体へ絡みつく。
「倒れて!」
一気に引いた。巨体がもう一段。崩れる。石畳が揺れた。
魔獣が倒れた。
「縛れ!」
ガンカレスの声。兵士たちが一斉に動く。
「鎖!」
「脚から!」
「口もだ!」
何人も倒れた魔獣へ集まる。俺はその場に座り込んだ。
「疲れた……」
「お前」
ディントが来る。
「何」
「今の何だよ」
「何って」
「足」
「足?」
「剣持ってるのに、なんで最後に足払いなんだ」
「効きそうだったから」
「魔獣にやるか普通」
「倒れたじゃん」
「そういう話じゃない」
「じゃあどういう話?」
ディントが何か言おうとして。やめた。
「昔からだったな……」
「何が」
「剣の稽古で負けそうになると、急に何でもありにしようとする」
「負けそうじゃなくて負けたあと」
「もっと悪い」
横から笑い声がした。
「……その足癖」
アカポリス。
「何」
「誰に習った?」
「父さん」
答えると。アカポリスがやっぱり。という顔をした。
「なんで分かるの」
「昔」
一度、自分の脛を見る。
「同じことされたから」
「父さんに?」
「ああ」
「魔獣みたいに?」
「人間相手にね」
「ひどくない?」
「ひどいよ」
アカポリスが笑う。
「だから覚えてる」
魔獣が低く唸った。見る。鎖。四本。
脚にも首にも巻かれている。それでも身体を動かそうとしていた。
「まだ暴れるぞ!」
兵士が叫ぶ。でも、違う。魔獣は兵士を見ていない。俺たちも見ていない。
地面に倒れたまま。前脚を伸ばしている。一度、石畳を掻く。また。
一度。
「……まだ」
オルティナが言った。その先。第三倉庫。閉じた扉。
「行こうとしてる」
誰も何も言わなかった。ガンカレスが魔獣の前に立ち、眼鏡の奥からその目を見る。
それから第三倉庫へ視線を移した。
「扉を開ける」
「え?」
俺が聞き返す。
「危なくない?」
「だから確認する」
「何を」
ガンカレスは倉庫を見たまま答えた。
「こいつが」
一度、鎖を引く魔獣を見る。
「何に向かって来たのかをだ」




