来ないはず
「行くぞ」
監理院へ着くと、ガンカレスはもう上着を着ていた。
「どこへ?」
「軍の保管区だ。昨日の照会結果が来た」
俺たちはそのまま外へ出た。
「歩きながら見ろ」
渡されたのは、北で回収された未知の魔法装置の写しだった。端に、見覚えのある並びがある。
短い記号。数字。もう一つの記号。
「アリナの番号と……」
「似ている。だが、同じではない」
ガンカレスが言う。
オルティナが横から覗き込む。
「刻印を確認できたのは?」
「王都へ送られた四点の写しでは、一点だ。途中で欠けているが、並びは残っている」
王都へ送られた回収物は四つ。今からその現物を確かめに行く。
「北の装置に刻まれた番号と、アリナの原票が似てるってこと?」
「形式が近い、という段階だ。機械の種類も、誰が使ったかも分からん」
アカポリスが紙を見る。
「黒い石は?」
「王都の回収物にも含むものがある。材質の一部は国内でも使われる」
「じゃあ、まず四つを見るんだな」
「現物を確認する。壊しはせん」
「壊さないんだ」
「なぜ残念そうなんだ」
オルティナが笑った。
◇
王都の西側へ向かう通りには、荷車が並んでいた。
俺は胸ポケットの紙を確かめる。アリナの原票から控えた、登録のない器具番号。
「やっと紙じゃない」
「そんなに嫌だったの?」
「嫌じゃないけどさ」
オルティナに答えて、ガンカレスの隣へ並ぶ。
「見れば分かるものなら、見た方が早いだろ」
「そうだな」
「珍しく意見が合った」
「珍しくって何」
「そのままだ」
軍の保管区は思っていたより普通だった。
「もっと厳重なところかと思ってた」
「十分厳重でしょ」
オルティナが言う。高い石壁。鉄の門。その前には、槍を持った兵士が二人立っている。
「地下とかないの?」
「好きだね、地下」
「俺が好きみたいに言うなよ」
前を歩いていたガンカレスが振り返った。
「静かにしろ」
「はい」
隣でディントが小さく息を吐く。
「お前たち、監理院でもずっとこんな感じなのか」
「大体ね」
アカポリスが答えた。
門の向こうには、北の事件で回収された現物がある。
◇
「監理院のガンカレスだ」
門の前でガンカレスが書類を差し出した。兵士が受け取る。
「聞いています」
紙へ目を落とす。
「北部第三街区の回収物ですね」
「ああ」
「立会いは?」
「私がする」
「魔法装置担当は」
「いない」
兵士が顔を上げた。
「今日もですか」
「ああ」
「先週も一人、東へ回されたんですよ」
「聞いている」
「預かるものは増えてるんですけどね」
ガンカレスは何でもないことみたいに言った。
「人は減る」
一度、門の奥を見る。
「仕事は減らん」
兵士が苦笑した。
「本当に」
門が開く。中へ入ってから俺はガンカレスを見る。
「魔法士って減ってるの?」
「今は関係ない」
「でも――」
「今は」
「はい」
「今日はよく怒られるね」
オルティナが言う。
「いつもこんな感じだよ」
「知ってる」
「じゃあ言うなよ」
◇
保管区の奥へ進む。石造りの倉庫がいくつも並んでいた。兵士が木箱を運んでいる。荷車も行き来していた。
壁には倉庫ごとに番号が振られている。
「北のものは?」
ガンカレスが聞く。
「第三倉庫です」
案内役の兵士が少し先を指した。横長の石造りの建物。大きな扉。その横に三。
「王都へ送られたものは全部そこに?」
「はい」
「四点?」
「記録上は四点です」
「まず四点を見る」
「全部?」
「ああ」
「刻印も?」
「現物で確認する」
「黒い石も?」
「それもだ」
「分かった」
ガンカレスが少しだけこちらを見る。
「何」
「珍しいな」
「何が」
「一度で話が終わった」
「俺をなんだと思ってるんだよ」
「聞くか?」
「やめとく」
オルティナが笑った。そのとき、鐘が鳴った。一度、短く。続けて。
もう一度鳴った。案内役の兵士が顔を上げた。
「何?」
「警戒鐘です」
空気が変わった。ディントの手がもう剣の柄に触れている。
「何があった」
「分かりません」
兵士が周囲を見る。遠くから声が聞こえた。
「西側!」
「門を閉めろ!」
続けて、重い音。何かが地面を叩いている。一つ。
また一つ。近づいてくる。
「これ」
オルティナが杖を抜いた。
「人の足じゃない」
アカポリスも背中の弓へ手を伸ばしていた。
「坊ちゃん」
「分かってる」
腰へ手をやる。何もない。
「……武器」
ディントが俺を見る。
「お前、剣は?」
「今日は調べものだと思ってた」
「剣術の実技には出るくせに」
「今その話する?」
「事実だろ」
「これ使う?」
アカポリスが腰から短い刃を抜いた。こっちへ投げる。
「危なっ」
「取れたじゃない」
「投げる前に言ってよ」
「今言った」
「あとじゃん」
握る。学院で使う剣よりずっと短い。でも。
「ないよりいい」
「生きてたら返してね」
「縁起悪いな!」
「来るよ!」
オルティナの声。建物の向こうから兵士が二人。走ってきた。
「退避!」
「第三通路を閉鎖しろ!」
その後ろ。大きなものが角を曲がった。四本足。黒に近い灰色の毛。
背中には岩みたいな硬い突起が並んでいる。
「魔獣……?」
俺が言う。オルティナの顔が変わった。
「あれ」
「知ってる?」
「山にいるやつ」
「山?」
「王都の外」
魔獣が走ってくる。速い。
「どの辺の山?」
「もっと西!」
「ここから?」
「だからおかしいの!」
地面を大きな脚が叩く。距離が縮まる。
「来るぞ!」
ディントが剣を抜く。オルティナが杖を構える。俺も短い刃を握った。三十。
二十。十。
「ライク、下がれ!」
「嫌だよ!」
「お前、武器それだろ!」
「貸してくれた人に言え!」
「私は下がってもいいと思うけど」
「どっちだよ!」
魔獣が地面を蹴った。俺たちへ、まっすぐ来る。
身体が勝手に低くなる。短い刃を構える。あと少し。
そこで。
「……え?」
横を通り過ぎた。風と獣の匂い、石畳を蹴る音だけが残る。
ディントがすぐに振り返った。
「なんだ?」
魔獣は止まらない。
「逃げた?」
オルティナが言う。
「違う」
アカポリスの声だった。魔獣の先。兵士がいる。一人が槍を構えた。
「止まれ!」
魔獣が迫る。兵士が横へ避けた。追わない。そのまま進む。
さらに前方に転んだ兵士がいた。
「危ない!」
起き上がろうとしている。間に合わない。魔獣がすぐ目の前まで来る。でも、噛まなかった。
爪も振らなかった。横を抜けた。
「……人を」
オルティナが小さく言った。
「見てない」
アカポリスが走り出す。
「追うよ!」
「待て!」
俺も走る。ディントとオルティナ、後ろからガンカレスも来る。
「どこ行くんだ!」
魔獣は一直線だった。逃げているようには見えない。誰かから離れようともしていない。
曲がらない。迷わない。
「……おい」
ディントの声に前を見る。石造りの倉庫が並んでいる。
一。二。その先、三。さっき俺たちが向かっていた場所。
「第三倉庫」
オルティナが言った。背中が冷えた。
人じゃない。俺たちでもない。魔獣は、北から回収されたものが眠る第三倉庫へまっすぐ向かっていた。




