刻印と原票
机の上に、バレンティアが以前から保管していた五つ目の破片がある。
黒ずんだ一面へ、油を含ませた布を当てた。
「本当に落とすんですね」
向かいの衛兵が言う。
「汚れだけだ」
「その下に何かあるんですか」
「確かめる」
バレンティアはゆっくり表面を拭った。
一度、二度。
三度目で、黒ずみの下に細い線が現れた。
「……ん?」
「灯りを」
衛兵がランプを近づける。
「もう少し右」
「こうですか」
「ああ」
傷ではない。
短い記号。
その横に数字。
そして、また記号。
「文字?」
「違う」
「番号?」
「そう見える」
バレンティアは紙を取り、その並びを写した。
「王国のものですか」
「私の知る形式とは違う」
「じゃあ外国?」
「そこまでは言えない」
「はい」
衛兵が先に引いた。
◇
午後。
事件後に回収された四つの破片の記録を開いた。
現物は王都にある。ここにあるのは写しだけだ。
大きさ、形、破損箇所、黒い石の有無。
「これ」
衛兵が一枚を指した。
破片の端に、途中で切れた印が残っている。
短い記号。
数字。
その先は破断していた。
バレンティアは、五つ目の写しを横へ置く。
「同じ?」
「並びは似ている」
「番号は?」
「違う」
二つを見比べる。
同じような位置に、同じ形式で刻まれている。
違うのは数字だった。
「一個だけ作った物には見えませんね」
「ああ」
番号で区別する必要がある何か。
その可能性が、昨日までより高くなった。
「王国の装置も、こういう番号なんですか?」
「軍で使うものとは違う」
「じゃあ、この印も北の装置独自?」
「少なくとも、王国の一般的な形式ではない」
衛兵は二枚の写しを見比べた。
「これが分かれば、事件の日に何があったかも分かるでしょうか」
「そこまでは、まだ分からん」
「……妻が死んだあの日のことを、私は知りたいんです」
バレンティアは、五つ目の破片を包む手を止めた。
「ああ」
違う数字を持つ、同じ形式の刻印。その二つの写しを、衛兵が見えるように机へ並べ直した。
◇
翌日、王都。
「今日は机じゃないんだ」
監理院の廊下でガンカレスを見つけて言うと、返事の代わりに扉を開けられた。
中にあったのは、机ほどの高さの金属箱。上には丸い板がついている。
「魔力反応計だ」
「これ、私の検査でも使うやつ」
オルティナが隣に立つ。
「昨日の原票が、どう出るのか見せる」
ガンカレスが器具を作動させた。低い音がして、側面から細長い紙が出てくる。
「おお」
「それだけで喜ぶな」
紙には日時、測定値、器具番号。それから端に、細い模様のような線があった。
「記録印だ。値も番号も、測定時に機械が出力する」
「誰かが後から書くものじゃない?」
「通常はな」
◇
三枚の原票と、今出した一枚を並べる。
「形式は同じ。でもアリナの三枚は、番号も記録印も同じ」
オルティナが指さした。
「同じ機械が三回出した?」
「原票が本物なら、そう考えるのが自然だ」
ガンカレスが答える。
「番号だけ書き足した可能性は?」
ディントが聞いた。
「それなら記録印が合わん。同じ印字を再現できないとは言わんが、簡単な細工ではない」
「なら、この機械はどこにある?」
俺の問いに、ガンカレスは原票を封筒へ戻した。
「王都内の登録にはない。地方の回答はまだだ」
胸ポケットに入れた番号の控えを指で確かめる。
「紙だけじゃ、ここから先は進めないか」
「ディント、お前はこの器具、見たことない?」
「騎士団は検査課じゃない」
「知ってるかもしれないだろ」
「お前は俺に何を期待してるんだ」
「少しは」
「少しか」
ディントが封筒に視線を落とした。
「……俺に確認できることも探す。アリナの記録だからな」
「仕事として?」
「それも、もちろんある」
俺は顔を上げた。ディントはガンカレスを見ていた。
「現物があれば話は別だ」
ガンカレスは封筒を机の端へ置いた。




