親
兵士が、金属製の拘束具を持ってアリナへ近づいた。
「待て」
俺が前へ出る。
ディントが間に入った。
「どけ」
「できない」
「アリナは何もしてない」
「分かってる」
「なら――」
「俺だから来たんだ」
言葉を遮られた。
「何?」
「別の部隊なら、お前が邪魔をした時点で、お前も拘束される」
「だから感謝しろって?」
「違う」
ディントが拳を握る。
「お前まで連れていかせたくない」
俺は答えなかった。
「確認が終われば、それで済むかもしれない」
「かもしれない?」
「俺から言えるのはそこまでだ」
「……何を確認する」
「魔力の状態と、危険性だ」
兵士が再びアリナへ近づく。
俺が動こうとすると、アリナが袖を掴んだ。
「お兄ちゃん」
「離して」
「嫌」
「アリナ」
「私、行くから」
「何言ってんだ」
「お兄ちゃんまで捕まる方が嫌」
怖がっている。
声も少し震えていた。
それでも、アリナは俺の袖を離さなかった。
◇
バレンティアは、玉座の前で膝をついていた。
「早かったな」
王が言う。
「書状をいただきましたので」
「ならば、用件も分かっているだろう」
「娘を解放してください」
「できない」
返答は即座だった。
「陛下」
「お前なら分かっているはずだ」
王の声は静かだった。
「私は、何も起きなかったことにはできない」
バレンティアは答えない。
「お前は知っている」
「……はい」
「ならばなおさらだ」
短い沈黙。
王はバレンティアを見ていた。
ただ臣下を見る目ではなかった。
「かつてのお前なら、私と同じ判断をした」
バレンティアの目が、わずかに伏せられる。
「……そうでしょう」
「なら――」
「ですが」
バレンティアが遮った。
ゆっくりと頭を下げる。
「陛下」
玉座の間に声が響いた。
「私は貴族である前に、あの子の親です」
王は何も言わない。
「国が何を恐れているのかも分かります」
バレンティアは顔を上げた。
「それでも、娘を諦める理由にはなりません」
◇
アリナの手首に、拘束具がかけられた。
金属音がした。
その音だけが、やけに大きく聞こえた。
「……すぐ帰ってくるから」
アリナが言う。
誰に言い聞かせているのか分からなかった。
「今日の夕飯どうすんだよ」
気づけば、そんな言葉が出ていた。
アリナが目を丸くする。
「……何それ」
「お前が決めるんだろ」
一瞬。
アリナが笑った。
今にも泣きそうな顔で。
「じゃあ、明日ね」
「ああ」
兵士たちが歩き出す。
「待ってろ」
アリナが振り返る。
「絶対、迎えに行く」
「……うん」
その背中が遠ざかっていく。
「いつ帰ってくる」
ディントに聞いた。
「……分からない」
「確認が終われば帰れるんじゃないのか」
ディントは答えなかった。
同行していた役人が書類を確認しながら口を開く。
「結果によっては、隔離が継続されます」
「隔離だけなのか」
役人の手が止まった。
ディントが何かを言おうとする。
その前に、俺は聞いた。
「他に何がある」
役人は一度だけディントを見る。
そして、淡々と答えた。
「最悪の場合、処分です」
意味を理解するまで、少し時間がかかった。
「……処分?」
アリナの背中が遠ざかっていく。
夕飯の材料が入った紙袋だけが、俺の手に残っていた。
周囲のどこかから、小さな声がした。
「魔女裁判だ……」
俺は、その言葉を初めて聞いた。




