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十一日前

「日付は?」


 俺が聞いた。ガンカレスが紙を見る。


「最初が、市場の件の十一日前」


「……十一日前?」


「ああ」


「次は?」


「六日前」


「最後は」


「三日前だ」


 三日前。


 そこだけは聞き慣れた数字だった。菓子屋。学院前。黒髪の男。


 でも。


「最初は十一日前?」


「記録上はな」


「資料に管理番号が付いたのは三日前だよな」


 ディントが頷く。


「ああ」


「中の測定は、その前?」


「そうなる」


 アリナを見る。


「十一日前って、何してた?」


「急に言われても」


「覚えてない?」


「お兄ちゃんは十一日前に何食べたか覚えてる?」


「肉」


「絶対適当でしょ」


「たぶん肉」


「ほら」


 少しだけいつもの会話になる。でも、アリナの顔からすぐに笑いが消えた。


「私」


「何?」


「その頃も、普通だったよ」


「魔法のことで困ってなかった?」


「うん」


 市場の日までアリナがあんな力を使うところを俺だって見たことがない。


「体調とか」


 ディントが聞く。


「変なことは?」


「ないよ」


「本当に?」


「そんなことあったら、お兄ちゃんに言ってる」


 俺を見る。


「たぶん」


「たぶんなの?」


「全部は言わない」


「そこは言えよ」


「心配するでしょ」


「するよ」


「だから」


「だからじゃない」


「兄妹の話はあとだ」


 ガンカレスが遮った。


「あとある?」


「今はない」


「じゃあ少しくらい」


「話を戻せ」


「はい」


 アリナが笑った。


     ◇


「三回の数字は」


 ガンカレスが紙をこちらへ向ける。


「全部違う」


「どう違う?」


「最初が低い」


 一つ。


「次が上がる」


 二つ。


「三回目が、さらに上だ」


 三つ。


「今のアリナは?」


「この三つより低い」


「全部?」


「ああ」


 アリナが紙を見る。


「じゃあ」


 俺が聞く。


「記録の上では、市場の前まで上がってたのに、今は下がってる?」


「数字をそのまま信じるならな」


「信じないなら?」


「数字自体を疑う」


「どっち?」


「今それを調べている」


 簡単にはいかない。


「ガンカレスさん」


 アリナが呼んだ。


「何だ」


「その三回って」


 少し迷ってから聞いた。


「私が危なくなっていったって意味?」


 ガンカレスはすぐには答えなかった。


「そう判断した人間がいた」


「ガンカレスさんは?」


「今のお前を見て、同じ判断はしていない」


「じゃあ大丈夫?」


「それも言えん」


「なんで?」


 今度は、アリナ自身が聞いた。


「今は安定してるんでしょ?」


「ああ」


「二回測って同じだった」


「ああ」


「じゃあ、なんで帰れないの」


 俺も聞きたかった。


「二つ理由がある」


 ガンカレスが言う。


「一つは、A級の判定が安定性だけで決まっていないこと」


「もう一つは?」


「この三回の記録が本物だった場合」


 紙を見る。


「今のお前が安定している理由が分からない」


「……安定してるのに?」


「逆だ」


 ガンカレスが言った。


「本当に変化していたのなら」


 一度、俺を見る。


「なぜ今は、それが消えている」


 何も言えなかった。


「資料が偽物なら」


 ガンカレスが続ける。


「間違った資料を取り除けばいい」


「じゃあ偽物だって証明する」


 俺が言う。


「それで帰せる?」


「それだけで決まるとは言わん」


「またそれ?」


「私はできない約束はしない」


 腹は立つ。でも、前よりは分かる。


「じゃあ本物だったら?」


 アリナが聞いた。


「誰かが私を勝手に測ってた?」


「その可能性がある」


「それで」


 アリナは自分の手を見る。


「私の魔力が、本当に変になってた?」


「その可能性もある」


 少し黙ってから、小さく言った。


「だったら」


「私も知りたい」


「アリナ?」


「帰りたいよ」


 俺を見る。


「今すぐ帰りたい」


「なら」


「でも」


 言葉を止められる。


「もし本当に」


 自分の手を見る。


「私が知らないところで、私に何か起きてたなら」


 息を吸う。


「それは知りたい」


 何も言えなかった。助ける。帰す。ずっと。


 俺がそうする話だと思っていた。でも、アリナは中で待っているだけじゃない。


「分かった」


 言う。


「一緒に調べよう」


「お兄ちゃん、中に入れないじゃん」


「そこ?」


「大事でしょ」


「どうにかする」


「勝手に入るな」


 ガンカレスが言った。


「入らないよ」


「本当か?」


「なんでみんな同じこと聞くんだよ」


 アリナが笑った。


「信用ないんじゃない?」


「お前まで?」


     ◇


「最後に確認する」


 ガンカレスが紙を閉じる。


「市場の十一日前」


 アリナを見る。


「その時点で、自分に大きな魔法が使えるという認識は?」


「ないです」


「六日前」


「ない」


「三日前」


「ないよ」


 迷わなかった。


「市場で荷車を止めたときが」


 アリナが言う。


「初めて」


 俺も頷く。あのとき。アリナ自身が何が起きたか分からない顔をしていた。三回。


 全部。市場より前。アリナは自分にあんな力があることすら。知らなかった。


 なのに、記録の上では十一日前からその力が数字になっていた。


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