三回
「一つ確認したい」
ガンカレスが言った。
「何?」
「アリナ本人は、本当に一度も魔力測定を受けたことがないのか」
「ないよ」
答える。
「少なくとも俺は知らない」
「お前が知らないだけかもしれん」
「じゃあ本人に聞けばいいだろ」
「そのつもりだ」
一瞬、意味が分からなかった。
「……え?」
「本人に確認する」
「会えるの?」
「面会ではない」
ガンカレスが書類を閉じる。
「事前資料の確認聴取だ」
「それでも」
椅子から立ち上がる。
「アリナに会える?」
「座れ」
「でも」
「座れ」
座った。
「家族との面会を許可するわけではない」
ガンカレスが続ける。
「確認に必要だから本人を呼ぶ。それだけだ」
「俺もいていい?」
「家族として、過去の検査歴を確認できるならな」
「いる」
「なら待て」
すぐに扉へ向かう。
「アカポリスとオルティナは?」
「外で待ってもらう」
「なんで」
「必要がない」
「でも」
「ライク」
ディントが言った。
「ここは従え」
「……分かった」
ガンカレスが部屋を出る。扉が閉まった。
「ディント」
「何だ」
「今、変な顔してない?」
「してる」
「どんな?」
「今すぐ扉を開けそうな顔」
「開けないよ」
「本当か?」
「たぶん」
「開けるな」
落ち着かない。椅子に座り直しては、また立つ。
「座ってろ」
「無理」
「さっき座っただろ」
「今は無理」
「子供か」
「妹に会うんだぞ」
「数日ぶりだろ」
「長いよ」
ディントが小さく息を吐いた。それから、何も言わなくなった。
◇
扉が開いた。最初にガンカレスが入り、その後ろに職員が一人続く。
そして。
「お兄ちゃん?」
声を聞いた瞬間。立っていた。
「アリナ」
本当にいた。少しだけ顔色が悪い気がする。でも、歩いている。怪我も見えない。
拘束具もついていない。
「何その顔」
「どんな顔」
「泣きそう」
「泣いてない」
「じゃあ変な顔」
「うるさい」
アリナが笑った。いつもの笑い方だった。それだけで胸の奥に詰まっていたものが、少しだけ軽くなる。
一歩、近づこうとする。
「そこまでだ」
ガンカレスに止められた。
「なんで」
「面会ではないと言っただろう」
「一歩くらい」
「駄目だ」
「ケチ」
「何とでも言え」
アリナが俺を見る。
「怒られてる」
「誰のせいだよ」
「私?」
「そうだよ」
「なんで」
また笑う。よかった。本当にそこにいる。
「お兄ちゃん」
「何」
「伝言、聞いた?」
「聞いた」
「ちゃんと食べてるから」
「それも聞いた」
「だから大丈夫」
「嘘つけ」
「何が」
「大丈夫じゃないだろ」
「大丈夫だよ」
「そういうところだよ」
「意味分かんない」
ガンカレスが咳払いした。
「兄妹の話はあとにしろ」
「あと、あるの?」
俺が聞く。
「ない」
「じゃあ今させてよ」
「しない」
「ガンカレスさん、意外と頑固だね」
「意外は余計だ」
アリナが椅子に座る。俺も向かいへ座った。近い。手を伸ばせば届きそうなのに届かない。
「アリナ」
ガンカレスが書類を開く。
「確認したいことがある」
「はい」
「今回ここへ来る以前に、魔力を測定されたことは?」
「ないです」
「学校では?」
「魔法の授業はありますけど」
「個人の魔力反応を測ったことは」
「ないです」
「医者は?」
「ないと思います」
「幼い頃も含めてだ」
アリナが俺を見る。
「ある?」
「俺に聞くなよ」
「覚えてないもん」
「俺も知らない」
「家族の記録には?」
ディントが聞く。
「天然魔法使いとして登録されたこと自体ない」
俺が答える。
「父さんからも聞いたことない」
ガンカレスが頷く。
「では、少なくとも本人と家族に認識はない」
「何なの?」
アリナが聞いた。
「私の検査、何か変だった?」
「今の検査ではない」
「じゃあ?」
「お前がここへ来る前の話だ」
ガンカレスが紙を見る。
「お前をA級として扱う根拠になった資料に、魔力反応の測定値が記録されている」
アリナが黙った。
「……私の?」
「ああ」
「いつ測ったの?」
「それを確認している」
「でも」
俺を見る。
「私、測ってないよ」
「うん」
「じゃあ何それ」
「それを今、調べてる」
アリナが眉を寄せた。
「話を戻すぞ」
ガンカレスが言った。
「まだある」
「まだ?」
「ああ」
紙を一枚、机の上へ置く。
「測定値は一つではない」
俺を見る。
「……何?」
「一回分ではないということだ」
ガンカレスが紙を指で叩く。
「三つある」
部屋が静かになった。
「三つ?」
「同じときに三回?」
「いや」
ガンカレスが紙を見る。
「それぞれ、別の日時の測定記録になっている」
「だから資料には『継続的な揺らぎ』と書かれてる?」
「そうだ」
「でも」
アリナが言った。
「私、一回もやってないよ」
「そうだな」
ガンカレスの声は変わらない。
「なら考えられるのは大きく二つだ」
指を一本立てる。
「この数値自体が作られたものか」
もう一本。
「本人に知らせず、何らかの方法で測定したか」
「そんなことできるの?」
俺が聞く。
「王国で使っている通常の魔力反応計なら難しい」
「難しい?」
「対象の近くで使う必要がある」
「どれくらい」
「機種による」
「大体でいい」
ガンカレスが考える。
「少なくとも」
俺を見る。
「同じ部屋にいる程度には近い」
背中が冷えた。
「外からは?」
「壁を何枚も挟んで正確に測れるようなものではない」
「小さい機械は?」
「簡易型はある。精度は落ちる」
「腕につけられるくらい?」
口から出た。ガンカレスの目が止まる。ディントも俺を見る。
「何か知っているのか」
ガンカレスが聞く。頭に浮かぶ。市場。黒い髪。
右の頬の傷。袖口。小さな金属器具。中央に黒い石。
「見たことがある」
「どこで」
すぐには答えなかった。アリナを見る。あの日。こいつが初めて大きな魔法を使った。
そのすぐ近くであの男は驚きもせず。アリナを見ていた。
「市場」
答える。
「アリナが魔法を使ったとき」
ガンカレスの顔から少しだけ表情が消えた。
「どんな器具だ」
「王国で普通に使われてるものとは違うらしい」
「誰がそう言った」
「父さん」
短い沈黙。
「黒い石がついてた」
ガンカレスは何も言わない。
「それで測れる?」
「知らん」
即答だった。
「見たことがないものの性能は答えられん」
「そっか」
まだ、そこまでは繋がらない。アリナを見る。本人は一度も知らない。なのに、三回。
「お兄ちゃん」
「何?」
アリナが少しだけ不安そうな顔をした。
「私」
言葉を止める。
「ずっと見られてたってこと?」
「……まだ分からない」
「そっか」
「でも」
アリナが顔を上げる。
「任せろ」
「え?」
「こんなときぐらい、大丈夫って言うな」
アリナが少しだけ目を丸くした。それから。
「……うん」
小さく頷いた。
三日前。
学院。市場。菓子屋。あの男。
俺たちが追ってきた場所が頭の中に並ぶ。測定値が偽物なら話は違う。
でも、もし。本当に測られていたなら一度じゃない。
三回。それも別々の日にアリナが知らないところで誰かがアリナを見ていた。




