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合わない

「隔離管理官なら、ガル・ガンカレスだ」


 ディントが言った。


「分かったの?」


「調べるまでもない」


「え?」


「役職者の名前は公開されてる」


 少し恥ずかしくなった。


「じゃあ昨日教えてよ」


「昨日は聞かれてない」


「気を利かせろよ」


「無茶を言うな」


 昼前。監理院から少し離れた通りに、俺とアカポリス、オルティナ、それからディントがいる。


 昨日までは名前を知る方法から考えていたのに、一日経ったらあっさり分かった。


「で、そのガンカレスって人は?」


「監理院の隔離区画を管理している」


「それは知ってる」


「四十七歳。管理官になって六年」


「北の事件より前?」


「ああ」


 アカポリスが聞く。


「元は?」


「監理院の職員だ。記録を見る限り、二十年以上いる」


「普通だね」


「何が?」


「急に北の事件のあと現れた人間だった、とかじゃない」


「今のところはな」


 少し拍子抜けした。名前を知った瞬間、もっと何か出てくると思っていた。


「会える?」


「会える」


「本当に?」


「ああ」


 今度はそっちに驚く。


「なんで?」


「昨日の器具の件を正式に確認した」


「もう?」


「俺は騎士団側からアリナの確保に関わってる」


 ディントが言う。


「手続きがおかしいなら、確認する理由はある」


「便利」


「お前に言われたくない」


「それで?」


「ガンカレス本人が説明すると言ってる」


「本人が?」


「ああ」


 アカポリスが目を細める。


「随分素直だね」


「何か問題が?」


「ないよ」


 そう言って笑う。


「素直なのはいいことだ」


     ◇


 監理院の中へ入る。


「この二人も同席する」


 ディントが言った。


「今回の確認に協力している。許可は取った」


「そこまでできるんだ」


「何でもできるわけじゃない」


「でも便利」


「だからお前に言われたくない」


 案内された部屋の扉を開ける。


「ガンカレスだ」


 想像していたより普通の男だった。短く切った灰色混じりの髪。眼鏡。少し猫背。


 机の上には、何枚もの書類が積まれている。


「ライク・ベルティムです」


「知っている」


「俺を?」


「妹を預かっている」


 預かっている。その言葉に少しだけ腹が立った。でも、今は飲み込む。


「こちらは?」


 ガンカレスがアカポリスを見る。


「付き添い」


「アカポリス」


「名前までは聞いていない」


「そう?」


「オルティナは知っている」


「なんで私だけ」


「何度も検査に来ているだろう」


「なるほど」


 オルティナが納得する。


「それで」


 ガンカレスがディントを見る。


「昨日の魔力反応計についてだったな」


「はい」


「私が申請した」


 あっさり言った。


「あなたが?」


「ああ」


「アリナに使った?」


「使った」


 今度も迷いがない。アカポリスを見る。何も言わない。


「じゃあ」


 俺はガンカレスを見る。


「二回目の検査を決めたのも?」


「私だ」


 そこまで一気に繋がった。


「なんで」


 ガンカレスが眼鏡を外す。布で拭きながら答えた。


「一度目の結果を確認するためだ」


「結果がおかしかった?」


「いや」


「じゃあ、なんで?」


「おかしくなかったからだ」


 意味が分からない。


「……どういうこと?」


 眼鏡をかけ直す。


「一度目の測定では、機器に異常はなかった」


「うん」


「本人にも異常はない」


「うん」


「大きな魔力の乱れも確認されなかった」


「だったら」


 ガンカレスを見る。


「何が問題なの」


「資料と合わない」


 部屋が静かになった。


「資料?」


「アリナをA級として扱う根拠になった事前資料だ」


 学院前、市場、菓子屋。作成者の名前がない、あの資料。


「何が合わない?」


「記載された状態と、実際の状態だ」


 ガンカレスが机の書類を一枚取る。


「事前資料では、継続的な魔力の揺らぎがあるとされている」


「揺らぎ?」


 オルティナが反応した。


「不安定ってこと?」


「簡単に言えばな」


「でも今は?」


「確認できていない」


「一回目も?」


「ああ」


「二回目も?」


「ああ」


 俺は黙った。


「だから」


 ガンカレスが続ける。


「測定器を変えて、もう一度測った」


「別の機械で?」


「そうだ」


 昨日。一台。検査課から隔離区画へ運ばれた。あれだ。


「結果は?」


「ほぼ同じだった」


「じゃあ」


 口から出る。


「アリナはAじゃない?」


「そこまでは言えん」


「なんで」


「危険度は安定性だけで決まるものではない」


 最大出力。魔法の性質。制御。被害規模。


 他にもいくつもある。


「だが」


 ガンカレスが言う。


「少なくとも、事前資料に書かれた状態の一部は、今のアリナから確認できていない」


「それ」


 ディントが聞く。


「報告は?」


「昨日出した」


「どこに」


「再判定を行う部署だ」


「返事は?」


「まだない」


 机の上を見る。書類と印が何枚もある。


少なくとも、今話していることだけなら、アリナを危険なことにしたい人間には見えない。


「ガンカレスさん」


「何だ」


「一つ聞いていい?」


「聞くだけなら」


「その事前資料」


 少し、息を吸う。


「誰が作ったか知ってる?」


「知らん」


「やっぱり?」


「作成者の記載がない」


「じゃあ――」


「ライク」


 ガンカレスが俺の言葉を止めた。


「私は、お前の妹を助けるために二度測ったわけじゃない」


 思わず顔を上げる。


「え?」


「資料と実測が合わない。それを放置したまま判定を進めるわけにはいかん」


 淡々と言う。


「間違った資料でAを維持するのも」


 一度、書類を見る。


「危険を見落として判定を下げるのも」


 俺を見る。


「どちらも、私の仕事ではない」


 何も言えなかった。


「確認できるものを確認する。それだけだ」


 冷たい言い方だった。でも、嫌いじゃなかった。


「ただ」


 ガンカレスが続ける。


「私が気になっているのは、作成者ではない」


「何?」


 一枚。


 紙をめくる。


「この資料には」


 指で示す。


「魔力反応の数値が記載されている」


 オルティナの顔が変わった。


「数値?」


「ああ」


 俺にはすぐ意味が分からなかった。でも、オルティナは違った。


「ちょっと待って」


 椅子から身を乗り出す。


「事前判定の資料でしょ?」


「そうだ」


「本人を測ってないのに?」


「そうだ」


「予測値?」


「その表記ではない」


 ガンカレスが答える。


「測定値として記載されている」


 今度こそ。意味が分かった。


「待って」


 ディントを見る。もう一度。ガンカレスを見る。


「アリナは」


 声が少し乾いた。


「監理院で測ったことないよ」


「そのようだな」


「今回が初めてだ」


「記録上は」


「じゃあ」


 紙を見る。俺にはここから文字までは見えない。


「それ」


 指を向ける。


「誰が測った数字なんだよ」


 ガンカレスはすぐには答えなかった。


「それを」


 静かに紙を机へ戻す。


「私も知りたい」


 誰も喋らない。アリナが魔法を使う前、本人を確認する前からA級という判定はあった。


 それだけじゃない。その根拠になった紙には、測っていないはずのアリナの魔力が測定値として書かれていた。


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