大丈夫
「アリナから伝言がある」
翌朝。
学院の門の前で、ディントに呼び止められた。
「アリナから?」
「ああ」
足が止まる。
「会ったの?」
「いや」
「じゃあどうやって」
「監理院の職員からだ。家族への伝言なら、一部は認められている」
「一部?」
「内容は確認される」
「……手紙じゃないんだ」
「今はな」
「今は」という言葉が引っかかった。
「それで?」
ディントを見る。
「なんて?」
「兄には、大丈夫だって言っておいて」
黙った。
「それだけ?」
「あと」
ディントが続ける。
「食事はちゃんと食べてる。残してないって」
「聞いてないけど」
「本人が言ったらしい」
「何それ」
「俺に言うな」
思わず息が漏れた。
アリナらしい。
俺が飯のことを気にしているなんて、知らないはずなのに。
「……大丈夫か」
「そう言ってる」
「なら、大丈夫じゃないな」
ディントが眉を寄せた。
「なんでそうなる」
「あいつ、そういうやつだから」
「どういうやつだよ」
「俺が心配するって分かってると、大丈夫って言う」
「それだけで?」
「それだけで」
昔、熱を出したときもそうだった。
どう見ても辛そうなのに。
大丈夫。
転んで膝から血が出たときも。
大丈夫。
本当に辛いときほど、あいつは俺の前では。
「大丈夫って言うんだよ」
ディントは何も返さなかった。
「怪我は?」
「ない」
「体調は?」
「今のところ問題ない」
「魔力は?」
「昨日の測定でも、大きな不安定兆候は出てない」
「じゃあ、なんでまだ帰れない」
「それは――」
「分かってる」
言葉を止める。
A級。事前判定。再検査。王命。
全部、分かってる。
分かってるけど。
「本人が安定してるなら、早く帰せばいいだろ」
「俺に決められることじゃない」
「知ってるよ」
少し強く言ってしまった。
ディントが黙る。
「……悪い」
「いや」
こいつに言っても仕方ない。それも分かっている。
でも、アリナが中にいて、俺は外にいる。
それだけで、ずっと腹が立っていた。
「他には?」
「伝言はそれだけだ」
「本当に?」
「ああ」
「何か変わったことは?」
ディントが考えた。
「一つだけある」
「何?」
「昨日、同じ検査を二度受けてる」
「同じ検査?」
「ああ」
「何の?」
「魔力反応の測定だ」
「なんで二回?」
「分からない」
「普通?」
「普通ではない」
胸の奥が少しざらつく。
「失敗したとか?」
「その可能性はある」
「結果がおかしかった?」
「それも分からない」
「じゃあ――」
口を止める。
分からないことばかりだ。
でも、同じ検査を二度した。
それだけは事実。
「アリナは何か言ってた?」
「そこまでは聞いてない」
「そっか」
「今日も確認してみる」
「頼む」
「ああ」
ディントが歩き出そうとする。
「ディント」
「何だ」
「伝言」
「ん?」
「返せる?」
「内容による」
「じゃあ」
考える。
「夕飯、何がいいって聞いて」
ディントが俺を見る。
「……夕飯?」
「ああ」
「いつの」
「帰ってきた日の」
少しの間、ディントは何も言わなかった。
「肉って言ったら?」
「却下」
「聞く意味あるか?」
「一応、妹の意見も聞いてあげようと思って」
ディントが目を細める。
「それ、アリナが前に言ってなかったか」
「気のせい」
「そうか?」
「そう」
そのまま歩き出す。
「伝えてよ」
「ああ」
「絶対な」
「分かった」
少し進んだところで、また呼び止められた。
「ライク」
「何?」
振り返る。
「俺も」
ディントが言う。
「帰したいと思ってる」
何も言えなかった。
こいつがアリナを連れていった。
王命だから。
自分なら手荒なことをしないから。
それでも、連れていったのはこいつだ。
「……そう」
それだけ返した。
許したわけじゃない。
でも、嘘を言っているとも思わなかった。
◇
アカポリスと会うまで、少し時間があった。
気づけば、学院の大樹の下に来ていた。
いつもの場所に寝転がる。
教室へ行く気にはならなかった。
というより、今日は最初から行くつもりもなかった。
「怒られるかな」
誰も答えない。
当たり前だ。
隣には誰もいない。
ディントは騎士団。アカポリスとは昼から会う。オルティナが来るかは知らない。
木漏れ日を見る。
アリナは今頃、また検査を受けているのかもしれない。
同じ検査を、何度も。
大丈夫。
あいつはそう言った。
「嘘つけ」
小さく呟く。
でも、少しだけ安心した。
食事はしてる。
ちゃんと自分の言葉を外へ出せる。
それは昨日までは知らなかった。
目を閉じる。
帰ってきたら、何を食べる。
魚。
野菜。
肉。
どうせ聞いても、俺の案はほとんど採用されない。
それでいい。
また聞けばいい。
毎日、夕飯のたびに。
「早く帰ってこいよ」
風が枝を揺らした。
返事はない。
それでも、昨日より少しだけ。
アリナが近くにいる気がした。




