見ている
「女の人?」
「ああ」
オルティナが頷く。
「どんな人?」
「ちゃんとは見てない」
「顔は?」
「よく見えなかった」
「監理院の人?」
「たぶん違う」
「たぶん?」
「制服じゃなかったと思う」
「思う?」
「一度見ただけだから」
オルティナが少し眉を寄せた。
「地下から出てきた」
「うん」
「女の人だった」
言葉を切る。
「それだけ」
アカポリスが頷いた。
オルティナがアカポリスを見る。
「この人、いつもこんな感じ?」
「うん」
「坊ちゃんに聞いてない」
「ひどいな」
「行くよ」
アカポリスが歩き出した。
◇
監理院の裏手は、表の入口からは見えなかった。
建物と外壁の間に細い道があり、その奥に低い石段がある。
「ここ」
オルティナが指した。
石段の先には、何の表示もない鉄の扉があった。
「地下?」
「たぶん」
「入ったことは?」
「ない」
「鍵は?」
「知らない」
「人は?」
「だから、一回しか見てないって」
「質問多いよ、坊ちゃん」
「気になるだろ」
アカポリスが周囲を見回した。
「今日は入らないよ」
「え」
「え、じゃない」
「入口まで来たのに?」
「入口を確認しに来た」
「中は?」
「見張ってから」
「どれくらい?」
「必要なだけ」
また嫌な答えだった。
「じゃあ私は」
オルティナが杖を持ち直す。
「場所は教えたから」
「帰る?」
「そのつもりだった」
「だった?」
オルティナは鉄の扉を見たまま、黙った。
「……やっぱり、少しだけいる」
「なんで」
「ティリナのことだから」
それだけ言って、俺たちの横へ来た。
◇
少し離れた場所から、地下の入口を見る。
しばらく待った。
扉は開かない。
誰も出てこないし、誰も入っていかない。
「暇」
オルティナが言った。
「見張りってそういうものだよ」
「アカポリスは慣れてるの?」
「まあね」
「何してた人なの?」
「いろいろ」
「それ答えてない」
「答えたくないからね」
「じゃあ聞かない」
「素直だね」
「質問多い人がもう一人いるから」
「俺?」
「他にいる?」
いるだろうか。
考えてみたけど、いなかった。
さらに時間が過ぎる。
鉄の扉は、一度も動かなかった。
「坊ちゃん」
「何」
「見ないで」
「何を?」
「灰色の帽子」
「どこ」
「だから見ない」
「はい」
言われた通り、前だけを見る。
「さっきから、この辺りを通ってる」
「何回?」
「今ので二回目」
「同じ人?」
「たぶん」
「俺たち見られてる?」
「まだ分からない」
近所の人が、たまたま同じ道を通っただけかもしれない。
それ以上は聞かなかった。
また待つ。
地下の扉は動かない。
しばらくして。
「三回目」
アカポリスが立ち上がった。
「行くよ」
「地下は?」
「今日は終わり」
「でも何も見てない」
「扉はね」
アカポリスが通りへ視線を向ける。
「代わりに、こっちを見てるかもしれない人間がいた」
「近所の人かも」
「そうかもしれない」
「尾行?」
「それも分からない」
「じゃあ、なんで帰るの」
「どっちでも」
アカポリスが言った。
「ここに居続ける理由はなくなった」
オルティナも立つ。
俺も立ち上がった。
最後に、地下の扉を見る。
扉は動かなかった。けれど、同じ場所で見張り続ければ、こちらの動きまで知られるかもしれない。
「坊ちゃん」
「分かってる」
歩き出す。
「でも」
「何」
振り返りそうになって、やめた。
「見られたかもしれないからって」
一度だけ、後ろの気配を意識する。
「見るのをやめる理由にはならないだろ」




