オルティナ
「その名前、どこで知ったの?」
女――オルティナが、もう一度聞いた。
「父さんの資料」
「父さん?」
「バレンティア」
オルティナの眉が少し動く。
「……あの?」
「たぶん、そのあの」
「坊ちゃんのお父さん、有名人だからね」
アカポリスが横から言う。
「で」
オルティナは俺を見る。
「その資料に、ティリナのことが?」
「あった」
「何が書いてあったの?」
答える前に、アカポリスが受付を見る。
さっきの職員が、こっちを見ていた。
「外で話そうか」
◇
監理院を出て、建物から少し離れたところでオルティナが足を止めた。
「それで?」
「ティリナを知ってるの?」
先に聞く。
「知ってる」
「友達?」
「そこまでじゃない」
考える。
「何度か話したことがあるくらい」
「どこで?」
オルティナが親指で後ろを指した。
「ここ」
「監理院?」
「定期検査」
腰の杖を軽く叩く。
「私も魔法使いだから」
「それは見れば分かる」
「そう」
冷たい。
アカポリスが笑った。
「坊ちゃん、相性悪そう」
「まだ三分くらいしか話してないだろ」
「十分じゃない?」
オルティナまで言う。
なんなんだ。
「定期検査って」
「そのまま。一定期間ごとに来て、魔力量とか制御とか、いくつか調べるの」
「全員?」
「判定による」
「オルティナは?」
「B」
「B級」
「今はね」
その言い方が引っかかった。
「変わることもあるの?」
「あるよ。魔法の規模、制御できてるか、過去に暴走したことがあるか。魔法の性質、そのときの状態」
「強さだけじゃない?」
「もちろん強さも見るよ。街一つ吹き飛ばせる人をCにはしないでしょ。でも、それだけじゃない」
「じゃあBって危ないの?」
「その聞き方、嫌い」
「え」
「Bだから今にも暴走するって意味じゃない」
オルティナが俺を見る。
「それなりの力はある。でも普通に制御できてる。だから私も外を歩いてる」
「捕まらない?」
「私、何かした?」
「してない」
「じゃあなんで捕まるの」
それもそうだ。
「定期的に確認される。それだけ」
「北の事件のあとも?」
そこで、オルティナの表情が少し変わった。
「前より厳しくなった」
「何が?」
「検査」
「やっぱり」
「回数も増えたし、前はやらなかったことも調べるようになった」
「ティリナのせい?」
「……そうだと思う」
アカポリスが口を開く。
「ティリナも、ここへ検査に来てた?」
「来てた」
「判定は?」
オルティナが黙った。
「知ってる?」
「本人から聞いた」
「何級?」
風が吹いた。
淡い髪が揺れる。
「B」
「……B?」
「私と同じ」
思わず聞き返す。
「いつ?」
「最後に会ったとき」
「事件のどれくらい前?」
考える。
「二週間くらい」
近い。
近すぎる。
「そのとき、変だった?」
「別に」
「本当に?」
「だから」
オルティナの声が少し低くなった。
「普通だったんだって」
俺は黙る。
「検査が長いとか、待ち時間が暇だとか。終わったら何食べようとか」
父さんの資料にもあった。
朝。
パンを買った。
昼。
壊れた荷車を動かした。
夕方。
街が壊れた。
「怖くなかった?」
「何が」
「ティリナの事件のあと」
オルティナが俺を見る。
「怖かったよ」
迷わなかった。
「魔法を使えない人だけが怖がったと思ってる?」
「いや」
「昨日まで普通だった人が」
杖を握る。
「次の日、自分でも止められなくなるかもしれない」
自分の手を見る。
「それが一番怖いのは、たぶん私たちだよ」
何も言えなかった。
「ティリナは、そのあと監理院に入った」
「知ってる」
「二十日目に、いなくなった」
オルティナが顔を上げる。
「……何?」
「移送記録も、死亡記録も、処分記録もない」
「待って」
「父さんの資料にはそう書いてあった」
アカポリスが続ける。
「さっき受付でも、収容されたところまでは確認できた。その先は答えてもらえなかった」
オルティナが監理院を見る。
「私……」
「何?」
「処分されたんだと思ってた」
「誰かに聞いた?」
「聞いてない」
首を振る。
「事件のあと、一度も見なかったから」
「ここでも?」
「うん」
定期検査に来ていたなら、顔を合わせる可能性はあった。
でも、消えた。
「何か変わったことなかった?」
俺が聞く。
「ティリナが入ってから。職員とか、警備とか、建物とか」
「職員と警備は、前からこんな感じだったと思う」
オルティナが監理院を見る。
少しして。
「あ」
「何?」
「地下」
アカポリスの目が細くなる。
「地下があるの?」
「ある」
「今も?」
「たぶん」
「何が変わった?」
オルティナが、もう一度監理院を見る。
「ティリナの事件のあと」
一拍。
「それまで使ってなかった地下を」
俺を見る。
「急に使い始めた」




