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正面から

 監理院は、思っていたより静かだった。


 もっと兵士がいて、人の出入りも多いと思っていた。


 けれど、大きな石造りの建物の前にいるのは、門を守る兵士が二人だけだった。


 中へ入っても、長椅子に座っている人が数人いるだけ。


 その中に、細い杖を膝に立てた若い女が一人いた。


 俺たちが受付へ向かっても、特にこちらを見ることはなかった。


「静かだな」


「魔法使い自体、そんなに多くないからね」


 アカポリスが辺りを見る。


「それでも、ここに来たくて来る人は少ないだろうけど」


「縁起でもないこと言うなよ」


「事実」


 受付へ向かう。


 若い職員が顔を上げた。


「ご用件を伺います」


「アリナ・ベルティムについて聞きたい」


 職員の手が止まる。


「ご関係は?」


「兄です」


「お名前を」


「ライク・ベルティム」


 少し待たされ、奥から別の書類が運ばれてきた。


 職員が確認する。


「ご家族であることは確認できました」


「会える?」


「申し訳ありません」


 即答だった。


「現在、面会は認められておりません」


「なんで」


「隔離中ですので」


「それは知ってる」


 声が少し強くなる。


「元気なの?」


 職員が俺を見る。


「お答えできる範囲であれば」


「じゃあ、その範囲でいい」


 間があった。


「本日の初期診察と魔力測定は終了しています」


 息を止める。


「結果は?」


「現在のところ、顕著な不安定兆候は確認されていません」


「……ない?」


「はい」


 肩の力が少し抜けた。


 少なくとも今のアリナに、不安定な兆候は出ていない。


「怪我は?」


「記録上ありません」


「ちゃんと食べてる?」


 職員が一瞬だけ困った顔をした。


「食事は提供されています」


「食べたかは?」


「そこまでは、こちらでは」


「そっか」


 アリナなら、嫌いなものが出たら普通に残してそうだな。


 そんなことを考えて、少しだけ安心した。


「それで」


 アカポリスが横から聞く。


「今は処遇のどの段階?」


 職員が彼女を見る。


「こちらの方は?」


「父さんの知り合い」


「申し訳ありません。処遇に関するご質問は、ご家族の方からお願いします」


 アカポリスが俺を見る。


「だってさ、坊ちゃん」


「俺が聞くよ」


 職員へ向き直る。


「アリナは今、どの段階なの?」


「事前判定に基づく隔離期間です」


「事前判定?」


「はい。確保命令が出された時点で、暫定的な危険度判定が行われています」


「アリナはAなんだよな」


「はい」


「事前判定で?」


「A級です」


 少し遅れて、意味に気づいた。


「……待って」


「はい」


「それ、市場で魔法を使う前?」


「はい」


 息が止まった。


 あのとき、アリナは子供を助けようとして馬と荷車を止めた。


 俺が初めて見た。


 たぶん、アリナ自身も、あんな魔法を使えるなんて知らなかった。


 なのに。


「その前から、Aだったの?」


「事前判定では」


「何を見て決めたんだよ」


「個別の判定根拠についてはお答えできません」


「でも、本人をまだ調べてもないだろ」


「ライク様」


 声は変わらない。


「事前判定は、提出された情報をもとに行われます」


「誰が出した情報?」


「お答えできません」


 また、そこだ。


 誰が。


 何を見て、アリナをAだと判断させた。


「今日の測定では、不安定じゃなかったんだよな」


「はい」


「じゃあAじゃなくなる可能性は?」


「再判定の結果によります」


 帰れる。


 そう言いそうになって、やめた。


「次の判定はいつ?」


「数日以内です」


「何日?」


「日時はお答えできません」


「家族にも?」


「はい」


 嫌な感じはする。


 でも、少なくとも今すぐ処遇が変わるわけではなさそうだった。


 それだけでも少し安心した。


「もう一つ聞きたい」


「はい」


「昔ここにいた人について」


 職員が少し首を傾げる。


「お名前は?」


「ティリナ・アルヴェル」


 空気が変わった。


 ほんの少し。


 職員の視線が止まった。


 アカポリスも気づいたらしい。


「知ってる?」


「……確認します」


 否定しなかった。


 職員は奥へ行き、しばらくして厚い台帳を持って戻ってきた。


「古い記録になりますので」


「あるんだ?」


「収容記録はあります」


 心臓が鳴る。


 父さんの紙だけじゃない。


 監理院にも、ちゃんと記録がある。


「そのあとどうなった?」


「確認します」


 ページをめくる。


 指が止まった。


 もう一度見る。


 別の台帳を開く。


「……少々お待ちください」


「何?」


「確認しますので」


 また奥へ行く。


「今の見た?」


 小声で聞く。


「見た」


「何か変だった」


「ああ」


 戻ってきた職員の顔は、さっきより固かった。


「申し訳ありません」


「何が?」


「この先は、私の権限では確認できません」


「確認できない?」


「はい」


「記録がないの?」


 職員が黙る。


「それも、私からはお答えできません」


「あるけど見られないってこと?」


「ライク様」


 初めて、少し強い声で名前を呼ばれた。


 これ以上は無理だ。


「分かった」


 引く。


「帰る?」


「ここで揉めても出てこないだろ」


「へえ」


 ティリナは、確かに監理院へ入った。


 でも。


 その先だけが。


 正面からは追えない。


「坊ちゃん」


「うん」


「顔」


「何」


「難しい顔してる」


「考えてるんだよ」


「似合わないね」


「うるさい」


 そのとき、奥の扉が開いた。


 さっき長椅子に座っていた女が出てくる。


 淡い色の髪。


 細い杖を腰に下げていた。


 職員が声をかける。


「オルティナさん」


「はい」


「本日の定期検査は以上です。次回も指定期間内にお願いします」


「分かってます」


「今回も判定に変更はありません」


「それはどうも」


 面倒そうに答える。


 魔法使いが定期検査を受けに来る。


 そういう人も、普通にここへ来るんだ。


 そのまま俺たちの横を通り過ぎる――はずだった。


 女が止まった。


「ねえ」


 俺たちを見る。


「今」


 さっきまでの面倒そうな顔が消えていた。


「ティリナって言った?」


 アカポリスの目が細くなる。


「聞いてた?」


「聞こえたの」


 女は俺を見る。


「ティリナ・アルヴェル」


 一歩、近づく。


「その名前、どこで知ったの?」


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