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 走って帰った。


 門。


 外壁。


 見える範囲に。


 傷はない。


「アリナの部屋!」


「二階!」


 庭側を指す。


 アカポリスが先に走る。


 俺も追う。


 アリナの窓。


 その下。


 壁。


 ない。


「こっちは?」


「ない!」


 庭の奥。


 アカポリスが走る。


「どこ行くの?」


「見るなら!」


 振り返らない。


「近づく必要はない!」


 低い石塀。


 木の陰。


 道からは見えにくい。


 屋敷からも。


 気づきにくい。


 アカポリスが止まった。


「……あった」


 追いつく。


 見る。


 二本の線。


 交差している。


「……ある」


「ああ」


「まだ」


 息を吐く。


「残ってる」


 削られていない。


 学院。


 市場。


 菓子屋。


 それと。


 同じ。


「四つ目」


 アカポリスがしゃがむ。


 傷を見る。


「触られてないね」


「じゃあ」


 誰も。


 ここには来ていない?


「今のところはね」


 アカポリスが言った。


「安心するのはまだ早い」


「分かってる」


 でも。


 少しだけ。


 息が戻った。


 消される前に。


 見つけられた。


「アリナを見てたのか」


 顔を上げる。


 二階。


 アリナの窓。


「……」


 アカポリスは。


 答えなかった。


「何?」


「坊ちゃん」


「何だよ」


「そこに立って」


「ここ?」


「傷の前」


 言われた通りに立つ。


「妹さんの窓を見て」


 見る。


 見えないわけじゃない。


 でも。


 庭木の枝が。


 窓の半分近くを隠している。


「見える」


「見やすい?」


「……まあ」


「じゃあ」


 アカポリスが。


 数歩横へ動く。


「こっち」


 俺も移動する。


「あ」


 アリナの窓が。


 ほとんど隠れず見えた。


「妹さんを見るなら」


 アカポリスが言う。


「こっちの方がずっといい」


「じゃあ」


 傷を見る。


 こっちには。


 何もない。


「なんであそこなんだよ」


「戻って」


 傷の前。


 もう一度立つ。


「今度は」


 アカポリスが言った。


「まっすぐ見て」


「まっすぐ?」


「妹さんの窓だと思わないで」


 顔を上げる。


 木の枝。


 その隙間。


 視線を。


 そのまま伸ばす。


 二階。


 もう一つ。


 窓が見えた。


「あれ」


 アカポリスが聞く。


「誰の部屋?」


 答える。


「父さん」


「寝室?」


「違う」


 胸の奥に。


 嫌なものが広がった。


「仕事部屋」


 アカポリスが。


 俺を見る。


「バレンティアの?」


「ああ」


 父さんが。


 書類を読む場所。


 人を入れずに話す場所。


 そして。


 父さんがずっと。


 何かを調べていた場所。


「中から確認する」


「そうしよう」


 屋敷へ走る。


     ◇


 玄関を開けた。


「ライク様?」


 使用人が奥から出てくる。


「どうされました?」


「ちょっと聞きたい!」


「はい?」


「最近、庭の奥で知らない人を見なかった?」


「庭の奥ですか?」


「あの石塀の辺り」


 窓から見える場所を指す。


 使用人が考える。


「いえ……少なくとも私は」


「父さんの仕事部屋の窓」


「窓?」


「普段開ける?」


「朝に少し」


「カーテンは?」


「旦那様がおられる日は、開けておりますが」


「三日前も?」


「お天気がよかったので」


 少し考えて。


「開けていたと思います」


 三日前。


 黒髪の男が。


 菓子屋にいた。


 学院にいた。


 同じ日。


「机って窓の近く?」


「はい」


「外から見える?」


「角度によると思いますが……」


「上行く」


「ライク様」


「父さんの部屋」


「ですが」


「怒られたら俺のせいにして」


「いつもそう仰いますね」


「便利だから」


 階段を上がる。


「坊ちゃん」


「何」


「怒られ慣れてる?」


「父さんには」


「なるほど」


 仕事部屋。


 扉を開ける。


 机。


 本棚。


 椅子。


 何も。


 荒らされてはいない。


「窓」


 アカポリスが近づく。


 外を見る。


「傷の場所、分かる?」


「うん」


 庭の奥。


 低い石塀。


 木の陰。


 こっちからなら。


 意識して探さなければ。


 人が立っていても気づきにくい。


「向こうからは?」


 俺も窓際へ立った。


 傷の場所を見る。


 そして。


 そこに誰かが立っているつもりで。


 逆を考える。


「あ」


 机。


 見える。


 椅子。


 見える。


 窓際に書類が置かれていたら。


 文字までは無理でも。


 何かを広げていることくらいは。


 分かる。


「……机が見える」


「ああ」


「かなり」


「そうだね」


 机を見る。


 父さんは。


 ここで。


 何を調べていた。


 北。


 あの事件。


 知らない魔法装置。


 黒い石。


 市場で。


 黒い石の話をしたとき。


 父さんは言った。


 見たことがある。


 北で。


「坊ちゃん」


「何」


「バレンティアは」


 一度。


 机を見る。


「何を調べてた?」


「まだ全部は知らない」


「知ってる範囲で」


「北の事件」


「うん」


「見たことのない魔法装置」


「ああ」


「黒い石」


 アカポリスが黙る。


「それを」


 俺も。


 窓の外を見る。


 交差した傷。


「誰かが見てた?」


「可能性はある」


「じゃあ」


 言いかける。


 黒髪の男が。


 アリナを調べていた。


 俺を調べていた。


 父さんを調べていた。


 全部。


 つながっている。


 そこまで。


 口にしそうになって。


 止めた。


「……まだ分からない」


 アカポリスが俺を見る。


「そうだね」


「でも」


 今度は。


 止められなかった。


 机を見る。


 窓を見る。


 庭の傷を見る。


「アリナが狙われたのって」


 声が。


 少し震えた。


「父さんと、関係あるのか?」


 アカポリスは。


 今度は。


 何も答えなかった。

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