同じ場所
「妹を連れていったやつ」
アカポリスの笑みが消えた。
ディントの視線が、俺からアカポリスへ移る。
「誰だ」
「父さんの知り合い」
「それだけ?」
「今はそれでいいだろ」
アカポリスが一歩前へ出る。
「あんたがアリナを?」
ディントは目を逸らさなかった。
「俺が拘束した」
「へえ」
「アカポリス」
呼ぶと、足が止まる。
「何」
「今はいい」
「坊ちゃんがそう言うなら」
いつもの軽い声だった。
でも目は笑っていない。
ディントが俺を見る。
「何をしてる」
「そっちこそ」
「俺は――」
「また王命?」
一瞬。
ディントが黙った。
「違う」
「じゃあ何」
「調査だ」
「調査?」
「ああ」
嫌な言葉だった。
「今度は何を調べるんだよ」
「アリナの最近の行動だ」
胸の奥がざわつく。
「どこへ行ったか。誰と会ったか。普段、誰と接触していたか」
さっきまで俺たちが調べていたことと同じだった。
アカポリスも気づいたらしい。
「それで学院?」
「ああ」
「どうしてここだと?」
ディントの視線が変わる。
「調査資料に載っていた」
「資料?」
「アリナがよく立ち寄る場所の一つとして、学院前の広場が記録されている」
俺は、さっきまでいた広場を見る。
「誰が記録したんだよ」
「分からない」
「またそれか」
「俺が作った資料じゃない」
「じゃあ誰から?」
「監理院だ」
アカポリスが腕を組む。
「その調査、いつからやってる?」
「俺が命令を受けたのは今日だ」
「今日?」
俺が聞き返す。
「アリナを連行したあとだ」
じゃあ。
三日前。
あの男はもうここにいた。
「……あいつの方が先だ」
ディントの眉が動く。
「あいつ?」
「三日前、ここに男がいた」
「何の話だ」
「黒い髪の男。俺のことを門番に聞いてた」
ディントが門番を見る。
「本当です」
門番が頷く。
「講義が終わる時間や、一人で帰ることが多いかなどを聞かれました」
「誰だ」
「知らない」
「騎士団の人間では?」
アカポリスが聞く。
「少なくとも、俺は知らない」
「監理院は?」
「分からない」
「王国の装備もつけてなかった」
俺が言う。
ディントがこちらを見る。
「装備?」
「黒い石のついた魔法装置みたいなやつ」
その顔が、ほんの少し変わった。
「黒い石?」
「知ってる?」
「いや」
返事は早かった。
「騎士団では見たことがない」
アカポリスが俺を見る。
「一個増えたね」
「何が」
「知らない人」
「増えてないだろ」
「バレンティアも知らない。私も知らない。この騎士様も知らない」
「従騎士だ」
ディントが訂正する。
アカポリスが少し笑った。
「真面目だねえ」
「悪いか」
「別に」
この二人、たぶん合わない。
「それより」
俺はディントを見る。
「アリナは?」
ディントの表情が固くなる。
「監理院にいる」
「それは知ってる」
「今は隔離区画だ」
「会った?」
「連行したところまでだ」
「そのあと会ってない?」
「ああ」
「大丈夫なの?」
「……分からない」
腹の奥が熱くなる。
「お前までそれ言うのかよ」
「俺はその後を見てない。大丈夫だなんて言えないだろ」
「……そうだけど」
ディントは少しだけ困った顔をした。
こんな顔も。
今日の昼までは、普通に見ていた。
「でも」
俺は続ける。
「一つだけ教えて」
「何だ」
「俺を調べるのも、今日から?」
ディントが黙った。
「答えて」
「ああ」
「本当に?」
「俺が受けた命令ではな」
アカポリスの目が細くなる。
「命令では?」
「監理院がそれ以前から何を調べていたかまでは、俺には分からない」
「なるほど」
「でも少なくとも」
ディントが俺を見る。
「お前への聞き取りを命じられたのは今日だ」
三日前。
あの男は、俺の講義時間を調べていた。
ディントが俺への聞き取りを命じられたのは今日。
それ以前に監理院が何をしていたのかは、ディントにも分からない。
「じゃあ、あいつは何なんだよ」
誰も答えない。
そのとき。
アカポリスがディントの手元を見る。
「それ、調査資料?」
ディントが持っていた薄い書類。
視線を落とす。
「ああ」
「見せて」
「できない」
「だろうね」
アカポリスはあっさり引いた。
「何が書いてある?」
俺が聞く。
「それも言えない」
「俺の妹のことだろ」
「だからって――」
「ディント」
目を見る。
「俺は、アリナを帰したいだけなんだ」
しばらく。
ディントは何も言わなかった。
やがて、小さく息を吐く。
「全部は見せられない」
「じゃあ見せられるところだけ」
「お前、昔からそういうところあるよな」
「何が」
「一回通ると、そのまま全部通ろうとする」
「今関係ある?」
「ある」
それでも。
ディントは書類を開いた。
「場所だけだ」
「うん」
「それ以上は聞くな」
「努力する」
「約束しろ」
「努力する」
「……もういい」
指が、一行を示す。
学院前広場。
さっきまでいた場所。
次。
市場。
アリナが連れていかれた場所。
そして。
もう一つ。
見覚えのある店の名前。
「……これ」
声が出た。
アカポリスが横から覗く。
笑みが消えた。
「菓子屋だね」
「ああ」
三日前。
謎の男がいた場所。
俺たちが、ついさっき聞き込みをした店。
「ディント」
「何だ」
「この資料」
喉が乾く。
「誰が作った?」
ディントは答えなかった。
書類の端を見る。
何かを確かめる。
そして。
「作成者の名前がない」
今度は。
アカポリスも何も言わなかった。




